終わり
「ローゼン公爵令嬢。この場所で君に伝えたいことがあるんだ」
ローレンスの言葉にドキッとして彼と向き合う。
サラサラの金髪が夏風に揺れ、夏空のような碧い瞳が輝いていた。
ローレンスは騎士のようにその場で片膝をつき、跪いている。
「ここは“始まりの場所”と呼ばれ、王族は人生の分岐点や新たに重大な決断をする時に、この場所へ来るんだ。新たなる始まりへの決意を固めるためにね。僕の人生の新たなスタートは、ローゼン公爵令嬢、君と歩むことだと思う」
アン王女、ヘイスティングス、ガイル、ポーラが見守る中。
ローレンスが紡ぐ言葉に、私は心臓がドキドキしてしまう。
背筋がすっと伸び、陽射しを受けたローレンスは、全身が輝いているように見えている。
「ティアナ・ローゼン公爵令嬢。僕の真心を受け止めてくれるかな? 君を敬い、守ることをここに誓う。僕と共に新たな一歩を踏み出してくれるだろうか」
そこで一呼吸置くと、最高の笑顔になったローレンスは……。
「ローレンス・ジョセフ・ハウゼンは君にプロポーズする。ティアナ愛しているよ」
そう告げた後、すっと手を差し出す。
もう心音が激しく、私は深い呼吸を繰り返しながら、なんとかローレンスの手に自分の手を載せた。
そして心を込め、返事をする。
「殿下。あなたのその真心、受け止めます。これからの人生をあなたと歩みたいです。私も殿下を……ローレンスのことを愛しています」
するとローレンスは、まさに世界をバラ色に変えるような笑顔になる。
本当に。
嘘みたいだけど。
薔薇の花びらが彼の周囲を舞った様に思えた。
さらに彼は上衣のポケットから――。
指輪を取り出し、私の指につけてくれる。
その指輪に埋め込まれているのは碧い宝石、“聖女の涙”!
またローレンスはフライングしている!!
「これは結婚式で失敗がないよう、予行練習だね」なんて言いながら。
そして立ち上がったローレンスは、ふわりと私を抱き寄せる。
アン王女、ヘイスティングス、ガイル、ポーラ、護衛の騎士達から拍手が起きた。
◇
乙女ゲーム、その名も『恋乙女~やんごとなきご令嬢の秘めた恋~』(通称、恋乙女)の世界に転生していると気がついた。でもヒロインでもなければ、悪役令嬢でもない。モブ……かと思ったら、メインキャラと世代が違う!
バトルアクションゲームで知られるゲーム会社が作った恋乙女は、なぜか恋愛イベントの一環で、最後の最後で国を滅ぼそうとするラスボスが登場し、ヒロインは攻略対象のメンズと共にこの敵を倒すことで、好感度がダメ押しのように急上昇。その盛り上がりのまま告白をすると、見事クリア=ハッピーエンドとなる仕様だった。
そして私は……このラスボスになってしまうアレクシスの母親、公爵令嬢ティアナ・ローゼンに転生していたのだ!
殺戮の天使へと闇落ちしてしまうアレクシス。
ヒロインと攻略対象のメンズにあっさり討伐されるものの、そこに至るまでの過程で大勢の命を奪っている。しかも公爵令嬢ティアナは、出産と共に死亡しているのだ!
大変なことになってしまう。
私がアレクシスを産んだら自分のみならず、大勢の命が奪われてしまう。
なんとしてもそれは回避しなければならない。
だがしかし!
アレクシスの父親が分からない。
つまりは私は誰と結婚するのかが、分からなかったのだ……!
おまけのように、乙女ゲームに当然登場したアレクシス。
彼に関する情報は、あまりにも乏しい。
仕方ないので私は男性を避け、独身街道をひた走るつもりでいた。
だが……。
そう上手くはいかない。
素敵男子が続々と登場。
彼らは、闇落ちしてラスボスになるアレクシスの、父親候補に思える。
回避、できるのか、私――と突き進んだ結果。
意外な結末に至ることになった。
ところがその結末こそが、バッドエンドの回避につながるなんて……。
辿り着いて初めて気がつくことだった!
悪役令嬢のように、回避行動に邁進してしまった。
だがそれが必ずしも正解とは限らないと、知ることになる。何よりラスボスになってしまうアレクシス。ラスボスが登場しなくても、恋乙女の世界は成立するのだ。このまま私はローレンスと結ばれることで、ハッピーエンドになる。そしてヒロインや悪役令嬢、そして攻略対象達は、それぞれの人生を歩んでいくはず!
ただ、これだけは。
ローレンスの間に誕生する子供が男の子だったら。ちゃんとその名はアレクシスにしようと思う。そしてちゃんと立派な息子に育てて見せる。闇落ちなんて絶対にさせない!
ということでローレンスと私の婚約は、とうとう公にされ、婚約式の日取りも決まった。
バカンスシーズンの終わりの日曜日。
宮殿の敷地内にある聖堂で、親族と仲の良い友人を招き、こじんまりと行われる予定だ。
その日まであと一週間というその日。
リハーサルのため宮殿を訪れた私は、白地に碧い薔薇がプリントされた、麻のドレスを着ていた。その私を迎えてくれたローレンスは、セレストブルーのセットアップ姿だ。瞳の色とお揃いのその衣装は、ローレンスによく似合っている。つまり大変ハンサムに見えた!
「ティアナ、聖堂に向かう前に、ちょっと応接室に来てくれる?」
そうローレンスに言われ、応接室へ向かうと、トロピカルな海の景色を描いた油絵が、イーゼルに飾られていた。粋なことに、空にはハート型の雲が浮かんでいる。
写実的でとても色鮮やかな作品だった。
「この油絵は、アルロンが贈って来た。裏にティアナへのお詫びの言葉と、お祝いのメッセージ。でも僕に向けては『絵の腕では敵わないだろう? 美術はわたしの勝ち』と書かれていたよ」
これには驚き、でもアルロンが短期間で気持ちが変化していることを実感できた。
今はまだ、ローレンスに素直に謝罪を表明できないのかもしれない。
でもこの先きっと、彼は歩み寄ってくれるのではないかしら?
「アルロンもきっと変わる。この世界は平和だよ、ティアナ」
改めてローレンスに抱きしめられた私は……。
言葉にできない幸せを噛み締めた――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読者様に本作、お楽しみいただけたなら、嬉しく思います。
よろしければ
☆☆☆☆☆をポチっと、評価を教えてください!
【番外編と新作のお話】
明日からは番外編を公開していきます。
アン王女など脇役の恋模様を描きます。
よかったら引き続きお付き合いいただけると嬉しいです☆彡
&
新作の入稿ができたので、今週中に公開します。
このあとがきでも告知しますのでお楽しみに~♪