快活に笑う
ローレンスはソリを止めようとしてくれた。
でも私が体を強張らせたので、変な角度にソリが傾いた。
そしてそのソリが進む方角には、少し大きめの岩があった。
もうそれはガクンときて、呆気なくソリから体が吹き飛ばされる。
新雪なので硬い地面に直撃することはない。
それでも衝撃は相応にあるはずだ。
目をきゅっとつむった。
だが。
ぎゅっと体を後ろから抱きしめられ、ずさーっという音と目が回るような状態で転がった。
でも想像以上に衝撃は少なかったように思える。
「ローゼン公爵令嬢! お兄様!」
「殿下、ローゼン公爵令嬢!」
「王太子殿下! ローゼン公爵令嬢!」
「「「殿下! 公爵令嬢!」」」
「「ティアナ! 殿下!」」
大勢の声が一斉に聞こえ、目を開けると……。
私の体はすっぽりとローレンスの腕の中に収まっている。
そこで理解できた。
ソリが岩にぶつかり吹き飛んだ際。
後ろからぎゅっと抱きしめたのはローレンス。
雪の積もる地面に転がった際、身を挺して守ってくれたのがローレンスだった。
「で、殿下、私のせいで申し訳ありません! お怪我はないですか!? 大丈夫でしょうか!? 助けてくださり、ありがとうございます!」
一国の王太子。本来、身を挺して守るべきは私だ。
しかも私のせいでソリから投げ出される事態になってしまった。
だが……。
「楽しかったよ。久しぶりにソリから吹き飛んだ。前はアンが暴れてよく吹き飛ばされていたから! 心配しないでいいよ、ローゼン公爵令嬢。僕は受け身に慣れているので。コツは顎を少しひき、後頭部をぶつけないこと。問題ないよ」
ローレンスは快活に笑うと、ゆっくり私を支えながら体を起こす。
その様子を確認すると……。
髪や服に雪はついている。
でも怪我をしている様子はない。
そうしているうちにアン王女、ガイル、ヘイスティングス、兵士や騎士、両親がこちらへと集まって来た。
◇
その小屋はソリ遊びをした後、体を休めるためにわざわざ建てたものだという。
休憩目的なので、装飾はなく、暖炉があり、そのそばにソファセット。
毛皮が敷かれ、膝掛けや毛布などもある。
隅には水場と水竈もあり、ジンジャーミルクティーが用意された。
暖炉のそばのソファに座ると、飲み物をいただくことになった。
あの後。
そう、ソリから吹き飛ばされた直後、私の両親は大いに心配した。
だが同行していた兵士や騎士は毎年のようにソリをする王太子と王女を見てきたのだろう。怪我がないと確認できると、過度に心配することはない。アン王女、ガイル、ヘイスティングスも同じ。
「お兄様ったら! 私だとダメかもと思って、お兄様に任せたのに! ちゃんとローゼン公爵令嬢を守っていただかないと困りますわ!」
「ごめんよ、アン。今年初滑りだったから、感覚が狂ったようだ。次はもう失敗しないよ」
「あれは殿下は悪くないだろう。スピードに驚いたローゼン公爵令嬢が」
「ガイル、僕の判断ミスだよ。ローゼン公爵令嬢は何も悪くない」
! 間違いなく私が悪いのに!
ローレンスは私を庇ってくれた……!
「それにしても王太子殿下、見事な受け身でした。さすがアン王女で何度も練習された甲斐がありますね」
ヘイスティングスの冗談にアン王女が「もう、ヘイスティングスったら!」と頬を膨らませ、ローレンスは朗らかに笑う。「殿下は王女のおかげで文武両道になったからな」とガイルがさらに言うと、大爆笑になる。
みんな……みんな、いい子達ばかりだった。
権力者の息子という立場なのに、その地位をひけらすこともなく、優しく、爽やか。
一緒にいてこういう瞬間が、何度もあった。
「怪我もないし、もう少しソリで遊んだら、アンが大好きな雪合戦をしようか。それが終わったら小屋で休憩だ」
ローレンスがリーダーとしてその場を適切に仕切り、皆が「「「はーい」」」と応じる。
そしてソリを再開。
私も一度そのスピードを体感したので、もう怖くはなかった。
そういうものだったという感覚を取り戻すことができたのだ。
ソリの後は雪合戦。
あんなにはしゃいで笑って声を出して遊ぶなんて。
しかも冬なのに!
冬は屋敷にこもり、暖炉の前で読書が定番だった私にはまさに快挙。
こうして遊び疲れ、そして小屋に行き、皆でジンジャーミルクティーを飲む。
つまり至る現在だった。
「いつもの農家で今年もチーズフォンデュを食べさせてくれるって! みんな飲み終わったら移動でいいよな、殿下!」
あっという間にジンジャーミルクティーを飲み終えたガイルは、兵士を連れて小屋を出て行ったと思ったら……。戻ってくると、チーズフォンデュの昼食が食べられることを報告してくれた。
「そうか。それは良かった。用意が出来次第、農家に向かおう」とローレンスは微笑むと、私を見る。
「毎年、トロトロで熱々で絶妙な塩加減のチーズフォンデュを食べさせてくれるんだ。きっとローゼン公爵令嬢も気に入ると思う。体も温まるし、楽しいランチタイムになるはずだ」
ローレンスの言う通りだった。
沢山遊んだ後で、お腹はぺこぺこ。
農家で食べたチーズフォンデュは……。
パンや普段食べない野菜をとろけたチーズにつけて食べると、ことさら美味しく感じた。
一緒にチーズフォンデュを食べた両親は「野菜……。意外といけるな。我が家の食卓でも取り入れよう」なんて話している。
男性を寄せ付けずに生きようと決めたのに!
今日は思いがけず、ローレンスとの急接近があった。
ソリでの一件以降、ローレンスは私にこれまで以上に打ち解けた様子で話しかけてくれる。
私はそれに応じつつ、一線を引くように必死だ。
だがこうやってしている努力は……なかなか報われない日々が続く。