私の気持ち
アルロンにもし体を奪われていたら。
私の死と引き換えで、アルロンの子供が誕生する。
その子供はアルロンに吹聴された話を信じ、ローレンスを恨むようになり、彼とハウゼン王国を滅ぼそうとするのだ。
破滅への過程では、多くの人の命が奪われる。
そのことに気付けたと話した私を、ローレンスはぎゅっと抱きしめた。
星空の下、この屋上でローレンスと対峙した時。
私は彼に抱きしめられていた。
でもその時は上衣を着ていたのだ。
しかし今はシャツとその下の薄手の下着のみ。
つまり抱きしめられた瞬間、彼の体温を感じていた。
夏とはいえ、ライアース帝国は涼しく過ごしやすい。
夜の今は、少しひんやりしているぐらいだ。
熱帯夜とは無縁の夜。
ローレンスの体温に心が和む。
その一方で、彼の心音は忙しない。
こんな風に抱きしめられているのだ。
私だってドキドキしている。
でもローレンスのこの鼓動は……。
大丈夫かしら……?
ローレンスは深い呼吸を何度か繰り返し、そしてようやく声を絞り出した。
「君が見た予知夢の未来があまりにも恐ろしくて……。例え君がアルロンに辱めを受けたとしても、僕は君を慰め、婚約内定を覆すつもりはない。むしろ一刻も早く式を挙げ、君を守ろうとするだろう。でも君は出産で亡くなり、残された息子はアルロンの血を継ぐ者……。そして僕の命と国家の転覆を狙うなんて……。やはり想像すると……」
そこで言葉を切った後、ローレンスは震える声で続ける。
「病気や不慮の事故なら、それが運命と受け入れるしかない。でも僕を不幸にしたいと考えるアルロンのせいで、僕の最愛が辱めを受け、挙句、死に至るなんて――。とても受け入れられない。君がいない世界に生きる価値はない」
「で、殿下、落ち着いてください! そんな未来は回避されたと思います。何より殿下が助けてくださったので!」
私の言葉にローレンスは呼吸を落ち着かせ、さらに私を抱き寄せ、髪を撫でながらささやく。
「ライアース帝国に着いてから、君のことを見守っていた。ピンチと思われる瞬間には駆け付けるようにして。ただ、迷いもあった。ガイルやヘイスティングスから上がる君の行動の報告を聞くと、マーケットにわざわざ出向いてフルーツを買い、アルロンのために手作りのジュースを用意している。氷河湖を散歩している最中は、アルロンとキスをしているのではないかというぐらい、距離が近いこともあった」
それは確かにそうだ。
アルロンが悪党と気づかず、彼の接近を許し、フルーツジュースまで用意してしまった。
「君の心が完全にアルロンに向かってしまったのなら。そして僕が本当に君を愛しているのなら。潔く身を引く必要もあるのではないかとも思い……。さっきだって部屋に踏み込むことには躊躇があった。君とのアルロンの見たくもない姿を目撃することになったらと……」
「踏み込んでいただけて助かりました。もうダメだと絶望していたので……」
「あの白いリスのリリィが部屋へ向かうようにと、僕を励ましてくれました。……君がちゃんとこのイヤリングをつけていてくれて良かった……」
そう言うとローレンスがそのイヤリングにキスをした。
キスをしたのはイヤリング。
でも彼の体温と吐息を耳たぶや首筋で感じ、一気に全身が熱くなってしまう。
なんだか変な気分になってしまい、それを誤魔化すように口を開く。
「イヤリングは父親がつけておくようにと、それが旅行を許す条件だと言われました」
「君を見失わないために、僕からお願いしことだ。それでも旅先に出たら、両親の目がなくなる。侍女や従者には『気分転換で別のイヤリングをつけたい』と言うことだってできるわけだ。でもそうせず、つけ続けてくれて、良かったよ……」
この“聖女の涙”があったから、リリィは私を見つけだし、ローレンスもあの場に助けに来てくれることができた。イヤリングを外さなかったというのは確かに私の行動ではあるが、そもそもとしてローレンスがこれを贈ってくれたからこそ、今がある。
もしも水晶宮でプロポーズした際に渡すつもりでいたら?
様々な危機的な場面でローレンスは駆け付けることができず、私は不幸になっていたかもしれない。
「私が殿下を避けようとしていたのに、ずっと好きでいてくださり、ありがとうございます」
自分からローレンスの胸に顔を寄せ、素直な気持ちを伝えた。
先程より落ち着いた様子の彼の心音が聞こえてくる。
「御礼なんて……。それよりも今回の騒動を経て、ローゼン公爵令嬢。君が予知夢で見たような未来は回避できた、でいいのだろう? アルロンと君がどうかなることは絶対にない」
「そうですね。もう怖がる必要はないようです。だから私の気持ちを伝えます」
ゆっくり彼の胸から顔をあげ、その顔を見上げる。
変装しているから、その銀髪はエルフのようで、ほくろは優美。
でも真っ直ぐに見つめるその瞳。
これまで変装したこの姿のローレンスと会う時は、決して明るい場所ではなかった。
それにホテルの朝食の席で見たのは横顔。
その瞳をきちんと見たわけではない。
でも改めてその瞳を見ると、夜を映していても、それはやはりローレンスだ。
その瞳の奥に深い彼の愛を感じるとることができた。
「ローレンス・ジョセフ・ハウゼン王太子殿下。私、あなたのことが好きです」
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応援くださる読者様に心から感謝です
受賞作
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