正念場
私に一目惚れをした。
ひたむきな私の姿に好意が強まった。
でもイヤリングに気がつき、諦めようとしたが……。
「そのイヤリングの宝石、“聖女の涙”の来歴をわたしは分かっていました。つまりあなたは帝国に、一時的にしか滞在しないと。よってあなたとこれ以上の接点を持つことは、控えようと思いました。思い出を作ってしまえば、辛くなると分かってたので……。でも無理でした。舞踏会のテラスで再会した瞬間。適当な名前を名乗り、あなたの前から去るつもりでした。ですがわたしは……」
気付けば自身の本当の身分を明かし、仲良くしてほしいと口走っていた。そして氷河湖を案内する約束を取り付けていたのだという。
「今朝の手作りのフルーツジュース。とても嬉しかったです。きっとあなたは未来の夫君にもそうやって何か手作りした物を振舞うのでしょう。仲睦まじいお二人の姿が目に浮かびます。わたしが入り込む余地はないのに……」
そこでアルロンは、スカイグレイの瞳に涙をうっすらと浮かべる。
「どうしてもっと早くにあなたに出会えなかったのでしょうか」
今、私はとんでもない正念場にいるのではないかしら?
アルロンは私が隣国の王太子の婚約者(内定)と知った上で、自身の気持ちを吐露してくれたのだ。そして私はアルロンとの婚約を計画していた。だがそれはとん挫したと思っていたのだ。
だがその計画は再び始動可能となった。
しかもこれは……限りなく成功を約束されている。
ならば動かないと!
黙っていないで、口を動かさないと、私!
脳裏でローレンスの顔が浮かぶ。
透き通るような碧い瞳。
その瞳が私に何かを問い掛けようとしているが――。
「ライアース皇太子殿下、わ、私も同じような気持ちです!」
「え」
「その、まだはっきりと自分の気持ちに答えを出せるわけではありません。ですが」
そこで拍手と歓声が起きる。
何かお祝い事があるようで、お酒も入り、賑わっているテーブルがあった。
このお店はエンターテイメント型でショーもあり、料理も美味しいが、雰囲気としては大衆居酒屋だった。勿論、帝都の中心部にあるので、客は間違いなく貴族。貴族ではあっても、個室ではなく、お酒も入ればわいわいと騒がしくなる。
つまりムーディに落ち着いて話せる雰囲気ではない。
「ここでは落ち着いて話せそうにないですね。……わたしは受付に行くフリをするので、あなたはレストルームに向かってください。二人きりで話せるよう、手配します。このお店は二階が個室になっているので。申し訳ないですが、あなたの侍女や従者、わたしの護衛にも邪魔をされたくありません。こっそりと動いてください」
この発言には心臓がドキーンとする。
いきなりのスリリングな展開、非日常な状況に、アドレナリンが急速に分泌されているように感じた。
すぐに「分かりました」と応じると、アルロンは私と違い、実に落ち着いた様子で席を立つ。そして会計など受付のある方向へとゆったりと歩き出す。
チラリとベティやトムの座る席を見ると、二人ともアルロンの方を見ていた。
でも向かった先が受付なので「そろそろ会計か」という顔をしている。
ここですぐに私も動きたくなるが、不自然に思われたくない。
そこで残っていたミントティーを飲み、気持ちを落ち着ける。
アルロンと二人きりで話せる状態になったら。まだはっきりと婚約が決まったわけではないことを匂わせよう。そして私への気持ちを諦めないで欲しいと伝えるのだ。
本当は。
「私もあなたを好きです!」と言えればよかった。
だがアルロンのことを好きなのかというと――。
あくまで打算だった。
自分が死なないために。
多くの人々の命を奪うモンスターを産み出さないために。
つまり心から「好きです」と言える状況ではなかった。
それでもこのチャンスを逃すわけにはいかない。
それにアルロンは悪い人ではない。
まともに会話をしたのは今日が初めて。
でも対話を重ねれば、きっと好きになれるはず――。
意を決し、席を立ち、レストルームの案内標識を見る。
先程のアルロンを思い出し、ゆったりと歩き出す。
貴族令嬢がレストルームに立ったら、急かすのはご法度。
ドレスでトイレは楽ではないし、お腹の具合によっては時間がかかることもある。
ゆえにレストルームである程度の時間、席を空けることになっても……。
怪しまれることはない。
フロアを出て、廊下を進むと「お客様」と男性スタッフにすぐに声をかけられる。
「お連れ様が二階の個室でお待ちです。ご案内します」
二階へと続く階段を上る私は、もう心臓がバクバクしている。






















































