これは本物ではなく……
腰を抜かした私を抱きとめたアルロンを見て、ベティが動いた。
護衛兼従者のトム顔負けの護身術を披露すると。
クロウとトムを押しのけ、「お嬢様!」と叫び、こちらへ駆けて来ようとした。
そのベティをクロウが後ろから抱きしめるようにして止め、トムは困った顔で私を見ている。
つまり「お嬢様、皇太子殿下と何しているんですか!? お止めした方がいいのですか!?」と問いかけていた。
そこで私は「大丈夫だから!」と目で合図を送り、足と奥歯に力を入れる。
自力で立ち、アルロンの腕の中から離れた。
「ローゼン公爵令嬢の侍女は果敢ですね。クロウを振り切るとは」
「私を思っての行動です。無礼があり、申し訳ありません」
「いえ、無礼とは思っていませんよ。王族の婚約者に何か間違いがあったら困る――その一心で守ろうとしているのでしょう? 忠義ゆえの行動を責めるなど、ありませんよ」
そう言うとアルロンは両手をあげ、さらにその手をおろすと自身の胸にあて、頭を下げる。
それはベティに対する行動だが、帝国の皇太子が侍女にする行為ではない。
さすがのベティも仰天し、逆に何度も頭を下げている。
「ローゼン公爵令嬢はハウゼン王国の王太子にプロポーズされ、そのイヤリングをつけている。でも……公式発表では何も聞いてません。内定した、ということでしょうか」
「そ、それは……」
王太子の婚約者。
それは公にされていなければ、機密情報でもある。
私の口から迂闊なことは言えない。
何よりも実際。
ローレンスからはまだ、プロポーズされていないのだから……!
「ああ、そうですね。あなたからは何も言えませんよね。これは公式発表されていないのなら、機密情報ですから」
そこでアルロンは再び私の耳元に顔を近づける。
「ローゼン公爵令嬢。聖女伝説は昔の話ですが、わたしのような人間もいます。イヤリングの価値に気がつく人間は、ゼロではないということです。このイヤリングをつけ、たいした供をつけずに一人旅は……危険ですよ。とても価値ある人物が、無防備でいるのと等しい状況なのですから」
先程と同じ状況に戻ってしまい、またも力が抜けそうになる。
だがここは意地で歯を食いしばった。
そんな私の様子を見て、アルロンは口元に笑みを浮かべた。
なんだか悔しい(?)気持ちになり、こんなことを言ってみる。
「聖女伝説を覚えている人は、確かにゼロではないでしょう。伝説に憧れ、レプリカを作った可能性もあるのではないですか。そっくりに作られたら、簡単には見分けがつかないのでは?」
「なるほど。それは一理あります。……というかローゼン公爵令嬢は、咄嗟の機転もきくのですね」
そう言ったアルロンは、明るく微笑むが……。
機転、というわけではない。
実際、デビュタントの日。
ローレンスはこのイヤリングとお揃いと思える飾りを、タイにつけていたのだ。
それを思い出し、今、私は話題にしただけなのだけど……。
そこで気がつく。
そう、そうよ。
ローレンスだって“聖女の涙”にしか見えない宝飾品を身に着けていたのだ。
ということは。
それこそ本当に、レプリカなのでは?
さすがにプロポーズ前に、本物の“聖女の涙”を使ったイヤリングを贈るなんて……しないと思う。
「おっと、そろそろ戻りましょうか。ティータイムは馬車の中で。焼き菓子を用意してあります。ホテルに戻る頃は、日没間近でしょう。到着したらドレスの着替えをなさって、ディナーでどうですか」
「そうですね。そうしましょう」
◇
帰りの馬車の中でベティは恐縮し、アルロンは「気にしていませんよ」と微笑むが……。
そこからベティは借りてきた猫のように大人しい。
そして用意された焼き菓子をいただき、途中休憩を経てホテルに到着し――。
部屋に戻るとベティは「申し訳ございませんでした!」と今度は私に盛大に謝った。
それを宥めてのドレスへの着替えとなる。
その着替えの最中に、例の聖女伝説と“聖女の涙”のことを話すと――。
「例えレプリカであろうと、既に王太子殿下の心はお嬢様にあるんですよ! 皇太子殿下は悪い方ではないですし、お嬢様が王太子殿下の婚約者に内定していると分かっているなら、変なことはされないでしょう。それでもお嬢様は魅力的です。馬車の中で観察していましたが、皇太子殿下は時々、お嬢様を何とも言えない表情でご覧になるんですよ。ここは王太子殿下への愛を込め、こちらのドレスをどうぞ!」
そう言ってベティは今日見た氷河湖のようなミルキーブルーのドレスをすすめる。
碧系統=王太子というイメージがベティの中ではできているようだ。
さらに。
自身は青のドレスに着替えている。
「そう言えばベティ。これから行くお店、ホテルに頼んで予約してもらったのよね?」
「はい、そうです。なんでも砂漠の民をイメージしたお店で、珍しい料理を食べることができるとのこと。最近出来たばかりで、お店も綺麗で人気だそうですよ。帝国の名物料理のレストランもいいのでしょうが、それは皇太子殿下なら食べ飽きている可能性がありますよね。そういった観点からも、そのレストランを勧められました」
砂漠の民をイメージしたお店。
なんだかアラビアンナイトなひと時を過ごせそう。
そんな風に思っていたが、その直後に私は重大なことに気付く。






















































