初歩的な質問
馬車で揺られること三時間。
氷河湖がある森の入口に到着した。
馬車を降りるとアルロンにエスコートされ、森の中へと向かう。
きちんと遊歩道が整備されており、歩きやすくなっている。
何より今の季節、森の木々が青々とし、そして生き生きとしていた。
そして木々から清々しい香りを感じ、気持ちもスッキリする。
散歩感覚で森を進んで行くと……。
それはまるで乳白色の入浴剤をいれたかのような、見事なミルキーブルーの湖が見えている。
自然界に存在する色とは思えない。
まさに大自然の中に、突然現れた人工物という感じだ。
「とても珍しく、美しい色をしているでしょう。この色は湖に石英の砂が溶けているからなんです。湖に溶けた石英は、太陽光を反射する。そのせいで湖がミルキーブルーに見えるんですよ。特に早朝の時間は綺麗に見えると聞いています」
この不思議な色合いの湖について、アルロンが説明をしてくれる。
それを聞くにつけ、自然の不思議さに感嘆してしまう。
「この神秘の景色を楽しみながら、昼食にしませんか」
この氷河湖を堪能できるよう、ベンチがいくつも置かれていた。
観光客は相応にいるが、それでも余裕があるから、相当な数だ。
でもそれだけ多くの人がここを訪れるから、ベンチが沢山用意されているのだろう。
それに氷河湖は想像より大きい。
ベンチの数が多くなるのも納得だ。
ということでアルロンはそのベンチの一つに私を案内すると、昼食にしようと提案する。
「ぜひそうしましょう」と私は応じ、昼食となった。
馬車の中でとった朝食はサンドイッチ。
でも今回はスープ、サラダ、メインの肉料理にデザートまで用意され、私達に同行している従者がサーブしてくれる。テーブルこそないが、順番に料理を載せた木皿を渡され、そうなるとここが森の中であることを忘れそうになってしまう。
しっかりコース形式で昼食を楽しむと、アルロンが氷河湖を周遊できる遊歩道を散策することを提案した。
「全周するとティータイムを過ぎる時間になるので、途中までとなります。ですが今日は天気も良く、風も適度に吹いており、散策には持ってこいだと思います」
「そうですね。お腹もいっぱいですし、ぜひ散策をしたいです」
私の言葉にアルロンは笑顔になり、手を差し出す。
アルロンにエスコートされながら、歩き出した。
鳥のさえずりも聞こえ、本当に気持ちのいい夏の日の午後だった。
ライアース帝国ならではの、からっとして涼しい風の吹く夏は、まさに避暑にピッタリ。
「初歩的な質問をしてもいいですか?」
「ええ、何でしょうか」
初歩的な質問、なんて前置くので何を聞かれるのかと思ったら……。
「ローゼン公爵令嬢は、なぜライアース帝国へいらっしゃったのですか?」
「え、あ、それはやはり、その気温です! ハウゼン王国の夏も私は好きなのですが、やはり暑さが厳しくて……。夏でも涼しさがあり過ごしやすいという点に興味を惹かれ、来ることにしました」
「なるほど。我が帝国は避暑地として有名ですからね。今の季節はまさに稼ぎ時です。……ですがローゼン公爵令嬢は、間もなく十六歳ということですが、一人旅をするにはお若いですよね」
この指摘にはギクリだ。
確かにこの年齢では通常、一人旅なんてしない。
しかも公爵令嬢という、本来、深窓の令嬢と言っても過言ではない立場で一人旅。
前世でも女性の一人旅は、昔より増えたものの、いまだに珍しがられる。
「それは……そうですね。両親がとても理解があり、社会勉強になると、今回許してくれました」
「なるほど」と言いつつも、アルロンはこんなことを言い出す。
「ご存知かもしれませんが、わたしは伴侶を決めるため、大々的に婚約者探しをしていると公言しています。それを踏まえ、国内は勿論、国外からも多くの令嬢が帝国に足を運んでくれるんです。その中には社交界デビューしたばかりの十五歳や十六歳のご令嬢もいるんですよ」
これには盛大にギクリとすることになる。
まさに私もその一人なのだから!
「そ、そうなのですね」
「ローゼン公爵令嬢は、そういうわけではないようですね」
つまり皇太子の婚約者目当てで帝国に来たわけではないと、思ってくれているようだ。
でもなぜ……?
「どうしてそう思われるのですか?」
するとアルロンは立ち止まり、後ろへと目配せをした。
私達の後ろにはベティ、トム、アルロンの護衛騎士のクロウがついて来ていたのだけど。
こういう目配せをした時は、「プライベートを配慮して欲しい」ということになる。つまりいくら護衛が必要と言えど、聞かれたくない話はあるので、距離をおいて欲しいということ。
一体何を言われるのかとドキドキ半分、警戒半分でアルロンを見てしまう。
直前にドキッとする質問をされているので、なおのこと構えてしまった。
「どうしてそう思うのか――それの答えですが、それはこれです」
そう言ったアルロンが腕を伸ばす。
その手は私の頬に触れ――。






















































