月光の中で
「ホールに面したテラスで落ち合いましょう。月が丁度、見頃となった時刻に」
あの謎の貴公子との待ち合わせの時間が近づいていた。
トムの声掛けで我に返った私は、少しだけ足早にテラスへと向かう。
さすがにテラスまで、ベティとトムはついてこない。
テラスへと続くガラスの扉の前で、二人とも待機となる。
「!」
黒のテールコートに銀髪短髪の片メガネの男性が、まさにベティとトムがこれから待機しようとする場所に立っていた。
ということは。
既にあの謎の貴公子はテラスにいる……!
深呼吸を一つすると、片メガネの男性が、テラスへ続くガラス扉を開けてくれた。
会釈して、テラスへ出ると――。
銀色の光が、一面に降り注いでた。
そして庭園には、黄色の光が明滅している。
もしやホタル……?
勝手な思い込みで、ホタルと言えば和のイメージだが、そんなことはない。
ファイアフライという名で、この世界でも親しまれていた。
銀色に輝く世界に、明滅する淡い黄色の光。
舞踏会の会場からテラスに出ると、そこはまるでおとぎ話の世界になっている。
「こんばんは。美しいレディ」
ハッとして声の方を見ると、月光を受け、輝いているように見える謎の貴公子がいた。
本当は黒のテールコートを着ているのだろうけど、銀色の月明かりを受け、シルバーのテールコートを着ているように思える。
思わずその神々しい姿に見惚れてしまったが、慌ててカーテシーでお辞儀をして、自分から名乗ることにした。
「ご挨拶が遅れました。私はハウゼン王国から避暑のため、ライアース帝国を訪れたティアナ・ローゼンと申します。ローゼン公爵家の一人娘です。ライアース・コロシアムでは、強盗に襲われたところを助けていただき、ありがとうございました」
私の挨拶を聞いた謎の貴公子は微笑み、こちらへと近づく。
そしてごく自然な動作で、手を私の方へ差し出す。
「ローゼン公爵令嬢、ようこそライアース帝国へ。あなたのような美しいレディにこの帝国へ来ていただけて嬉しいですよ。でもまさかそれで強盗に遭うなんて。申し訳なく思います。でもその一方であなたと知り合うきっかけにもなったので、わたしは嬉しく思ってしまうのですが」
そう言うと私の手を取り、言葉を続ける。
「わたしはライアース帝国皇太子、アルロン・レイモンド・ライアースです」
一瞬、自分の耳を疑うし、固まってしまう。
だが私の手を取っていたアルロンは、甲へとキスをした。
「か、髪の色が……、それにメガネ……」
「ああ、この黒髪はかつらです。メガネはフェイクですよ。髪色と瞳の色で、すぐに身分がバレてしまいます。よって帝都内を動く時は、変装をしているんです。今は……あなたを驚かすために、この姿をしていました」
会いたくて会えないと思っていた皇太子が、まさかの謎の貴公子とイコールだったなんて!
だが本人に会ったことはないし、新聞で姿絵を見たことがあるぐらいだ。
変装にすっかり騙されてしまった。
「わたしはあなたとの出会いに、特別な意味を感じているんですよ。だって帝都は広い。その広い帝都で偶然出会い、再会までできたのです。そしてわたしは皇太子という身分ですが、あなたは隣国の公爵令嬢。いろいろな意味で障壁がない。ぜひこれからも仲良くくださりますか?」
「は、はいっ、こちらこそ!」
願ったり叶ったりの展開になっていることに、心臓のドキドキが止まらない。
皇太子と知り合うことができた。
しかも「これからも仲良くしてください」と言われているのだ。
この次の展開は……。
「ローゼン公爵令嬢は、我が帝国の氷河湖を、もうご覧になりましたか?」
「! い、いえ、それがまだなんです」
「そうでしたか。とても美しい色をしています。ぜひお見せしたいのですが」
こ、これは……デートへのお誘いでは!?
「お願いします! 見たいと思っていたのです」
「勿論ですよ。明日のご予定は?」
「明日? 明日、はい、大丈夫です!」
即答するとアルロンは「それは良かったです」と応じ、どこのホテルに滞在しているか尋ね、そして――。
「では少し早いですが、明日の朝七時に迎えに行きますね。朝食として馬車で食べられるように、軽食を用意させましょう。苦手な食材はありますか? 氷河湖は森の奥の方にあります。遊歩道を整備していますが、ショートブーツが楽でしょう。お持ちですか?」
アルロンはいろいろと私を気遣い、そして明日の完璧な待ち合わせが決まった。
そこで私は尋ねてしまう。
「ライアース皇太子殿下。助けていただいた御礼を私がすべきなのに、明日は殿下にいろいろとしていただくことになるのですが……」
「レディをもてなすのは当然のことですよ。……ですが御礼。御礼の気持ちは受け取るべきですよね。ではどうでしょう。明日、舞踏会の代わりにわたしとディナーをとりませんか。ご馳走いただけると嬉しいです」
「! ディナーですね! ぜひお任せください!」






















































