これは……確信犯だ
周囲の様子を伺いながら。
あのシンジアー男爵が、ニタニタ笑いながら近づいて来た。
これは……確信犯だ。
今、私のそばにトムとベティはいない。
二人とも体目当ての令息を私から追い払うため、そばを離れていたのだ。
それにしても。
――「相手にされなかったのですね。まあ、あれ程の身分の方ですと、あなたレベルの令嬢がはいて捨てるほど寄って来るでしょうから、仕方ないですよ」
この言い草には無性に腹が立つ。
だって。
微妙に間違っているが、正しくもあるからだ。
そう。
今朝、私は御礼を伝えたいと、レストランのスタッフにあの美貌の青年に伝言を頼んだ。だがあっさり「人違いです」と返されてしまったのだ。相手にされていないと言えば、されていないのだ。本当に。
そしてはいて捨てる程令嬢が寄ってくるというのは事実だと思う。
「そんなに悲しい顔をしないでください。ボクがダンスのお相手をしますから!」
そう言ってシンジアー男爵が手を差し出そうとしたが、その体はトンと横に移動させられる。そしてシンジアー男爵が立っていた位置で、私に手を差し出しているのは……。
エルフのような銀髪に碧い瞳。
優美さを助長するような目元のほくろ。
光沢のあるグレーの上質なテールコート。
タイに飾られているのは、煌めきを放つサファイア。
「人違いです」と今朝私を拒んだ美貌の青年が、私に手を差し出していた。
呆気にとられているシンジアー男爵もまた、手を差し出した状態で固まっている。
周囲にいる貴族がどちらの誘いに応じるのかと、視線をこちらへ向けていた。
完全な体目当てで私に近づき、どこか見下す態度をとるシンジアー男爵と、ダンスをする気などさらさらない。シンジアー男爵を睨んだ後、美貌の青年の手に自分の手をのせる。
美貌の青年は一瞬、頬を緩めたが、すぐに凛とした表情になると、私をエスコートして歩き出す。
私は背筋をピンと伸ばし、シンジアー男爵の横を通り過ぎる。
相手にされなかっただの、はいて捨てられる令嬢の一人だの、私を見下したこと。頭に来ていたが。今、この瞬間に美貌の青年にエスコートされたことで、スッキリしていた。
「!」
美貌の青年が立ち止まるので、つんのめりそうになる。
既にフロアの中心に移動しており、ダンスを始める姿勢をとる必要があった。
遂、どうでもいいシンジアー男爵に気を取られてしまったが、それどころではない。
御礼を伝えないと!
ううん、今はまず、ダンス!
ということで始まりのポーズをとるが、これから踊るのはワルツではなく、ポルカ。
軽快な音楽が流れ、軽やかなステップを踏むことになる。
そこで「しまった!」と思う。
ワルツなら会話をする余裕もあるが、ポルカはテンポも速いし、跳ねるような動きも多い。何よりも! パートナーとの距離がある。ワルツほどの近さがないのだ。
ダンスをしながら御礼の言葉を伝える……作戦はあっさり失敗してしまう。
でもダンスが終わり、フロアからはける時に、御礼は言える。
諦めたらいけないわ!
そんな風に思っているうちにもダンスは終わりに近づく。
いろいろと考えることで、肝心の美貌の青年のことをよく見ていなかったが……。
ポルカを踊り終えた後。
その軽快さとワルツとは違う動きの大きさに、皆、高揚とした表情になるのに。
美貌の青年は、何とも切なげな顔をしている。
だが私の視線に気づくと、その表情は影を潜め、凛とした顔つきに変わった。
さらに私の手を取ると、この場からはけるために、エスコートを始める。
なぜだかその一瞬に見せた寂し気な表情に、心を大きく揺さぶられていた。
高位な身分である程、孤独だとは聞いたことがある。
ちょっとした悩みを打ち明けようものなら、そこにつけこんだり、ここぞとばかりに攻撃されたり。
どう考えても只者ではないこの彼には、人知れず何か悩みでもあるのではないか。
そんなことを思っていると、ベティとトムの待つ場所に戻っている。
御礼、言わなきゃ!
「ありがとうございます! 二度も助けていただき!」
既に私の手を離し、会釈をして去ろうとしていた美貌の青年は、チラリとコチラを振り返る。
だが立ち止まることなく歩き出す。
そうだ、名前!
名前を聞きたいと思い、一歩踏み出すと……。
彼と私を遮るように、付き人のような黒髪と金髪の男性二人が、間に入る。
そうなると今朝、レストランのスタッフが言っていた言葉を思い出してしまう。
――「あちらのお客様は、静かに過ごさられることを求められています」
ピンチの私を助けてくれたが、関わるつもりはない――ということだ。
「お嬢様」と遠慮がちにベティが私に声をかける。
ダンスをしている姿を見て、私があの男性と接点を持つことができ、良かったと思ってくれたはずだ。
今朝の一件があっただけに。
でもダンスが終わった後の素っ気ない態度。
あまり人と関わりを持たないようにする彼の姿と、私が呆然とする様子を見て、ベティも状況を悟ったのだろう。ゆえに戸惑ったような声掛け。
だがトムは……。
「お嬢様、そろそろ時間だと思います。あの謎の男性、テラスで待っているのでは?」






















































