碧いドレスとイヤリング
名前も分からない、でももしかすると特殊警察機構かもしれない謎の貴公子。
今朝の青年は頑なに拒否されたが、この貴公子は舞踏会で会おうと言ってくれた。
拒絶された記憶が新しいだけに、嬉しい気持ちになっている。
ただ、忘れてはならないのは、舞踏会に行く目的。
それは謎の貴公子の名前を聞くことではない。
重要なのは、将来闇落ちする息子アレクシスを誕生させないために、ローレンスとの婚約からの結婚を回避すること。そのためにはローレンスの力の及ばない、絶賛婚約者募集中のライアース帝国の皇太子の心を掴むことなのだ。
そこだけは見誤ってはいけない。
絶対に。
そう思うものの……。
「ベティ、今晩の舞踏会のイブニングドレス、どれがいいかしら?」
「お嬢様、あの謎の貴公子に会えるのが楽しみで、浮かれていませんか?」
「! そ、そんなことはないわ!」
そこでベティは私に釘を刺す。
「お嬢様はこの旅行から戻ったら、王太子殿下からプロポーズされる予定なんですよね? 旦那様からそうお聞きしています。くれぐれも何かあってはいけません。強盗に襲われたところを助けてもらったことで、あの貴公子への感謝の気持ちは高まっていますよね。でもダメですよ!」
「わ、分かっているわよ。あくまで御礼を伝えるのと、名前をね、名前を教えていただくために会うだけなのだから。そこは心得ているわ」
「ではドレスはこれにしましょう」
それは昨日却下した碧いドレス。
ローレンスの瞳と同じ碧い色なので、避けたのだけど……。
「これは殿下の瞳を思わせる、とても素敵な碧い色です。お嬢様がご自身の立場を忘れないよう、これにしましょう」
「え」
「なぜ『え』なのですが、お嬢様」
ここは言葉を呑み込み、素直に碧いドレスに着替えることにした。
ローレンスの瞳を思い出させる碧いドレス。
それは美しいグラスオーガンジー生地全体に、ビジューがあしらわれている。よってシャンデリアの明かりを受けると、キラキラと輝く。ウエストを飾る銀細工のベルトもとても美しい。
つまり。
色以外は申し分ない。
「さあ、完成です。イヤリングともお揃いで、大変お似合いですよ」
イヤリング……。
ローレンスから、デビュタントの申し出をされた時に贈られた碧い宝石のイヤリング。これは恒常的につけている。それは父親からの指示でもあった。
「旅行の最中、殿下のお気持ちを尊重する気持ちを込め、贈られたイヤリングは常につけておくように。それが今回の一人旅を許す条件でもある」
なんて言われてしまったのだ。
本来、まだ学生の私が一人旅に出るなんて、許されることではない。
そこを許してもらったのだから、イヤリングぐらい、いくらでもつけます!だった。それにイヤリングならつけていても、自分では目に入らない。
だからローレンスを思い出さないで済む。
でも……。
こうやって彼の瞳を思わせるドレスを着てしまうと……。
どうしたってローレンスを思い出してしまう。
私が公爵令嬢ティアナ・ローゼンではなかったら。
ローレンスからプロポーズされる――そのことに天にも昇る気持ちになっていただろう。
彼のあの碧い瞳に映っていたい。
優しい言葉、気遣い、愛のささやき、その全てを私に向けて欲しい――と思って当然だ。
でもそこで彼と結ばれたら最期なのだ、私は。
ゆえに。
ローレンスを思い出しちゃダメ!と強く念じる。
「お嬢様、眉間にしわが。頭痛でも?」
「いえ、大丈夫よ。それよりそろそろ出発しましょう」
「はい、そうしましょう」
こうしてアプリコット色のドレスのベティと、今日も黒のテールコートのトムと共に、ホテルを出発した。
混雑することは分かっている。エントランスに近づくと馬車を降り、通路をトムにエスコートしてもらい、進んで行く。シンジアー男爵の件もあるので、トムはとても怖~い顔をしている。しかもエスコート自体にも慣れて来たので、おどおどした感じにもならない。
これなら第二のシンジアー男爵が現れることもないだろう。
ということで無事に舞踏会の会場となるホールに到着した。
だがまだ謎の貴公子と落ち合う時間には早い。
ならば本来の目的である皇太子を探すが……。
やはり開始と同時には来ない。
代わりに沢山の令息に声をかけられる。
皇太子が婚約者探しをする舞踏会に、なぜにこうも令息が多いのか。
理由は単純だった。
皇太子狙いで令嬢が多く来場する。
だがその多くが皇太子とのダンスは勿論、話す機会さえなく、終わるわけだ。
いわばそのおこぼれ狙いで、シンジアー男爵のような令息が徘徊している。
しつこい令息にはベティとトムが対応してくれるが、二人の手が回らなくなった時。
「まさか今晩もお会いできるとは思いませんでしたよ。今日もいらしているということは、あなた程の美しさでも、相手に恵まれなかったということでしょうか。昨日の素敵紳士もお側にいないようですし、相手にされなかったのですね。まあ、あれ程の身分の方ですと、あなたレベルの令嬢がはいて捨てるほど寄って来るでしょうから、仕方ないですよ」






















































