食い気味になってしまうが、仕方ない。
ベティが手配してくれたバレエのチケットは、午後からの公演。
丁度観劇を終えたら、ホテルへ戻り、ドレスを着替えて舞踏会に行ける。
昨日、ずるずると遅くまで舞踏会にいて、取り立てて大きな成果=人脈が広がることもなかった。ゆえに「また宮殿の舞踏会へ行くのですか?」とベティに聞かれたが……。
「ポルカを踊るのが楽しかったのよ! ハウゼン王国ではワルツばかりだから!」
実に苦しい言い訳だが、ベティは納得してくれた。
一方のトムは「お嬢様の男避けとしての役割、結構、しんどいんですが……」とぼやいていたが、これは聞かなかったことにした。
ということで。
昼食を終えるとホテルを出発し、バレエ公演が行われる帝都劇場へ向かった。
「これが帝都劇場なのね! なんて立派な建物なのかしら……!」
レンガ造りのその建物は、前世の東京駅のよう。
帝都という一等地で、ドーンとそこに存在している。
この立地でこの広大さ。
それだけバレエがライアース帝国では人気なのだろう。
馬車から降り、黒のスーツに着替えたトムにエスコートされ、劇場へと入る。
エントランスホールは赤い絨毯が敷かれ、天井には豪華なシャンデリア。
大勢の着飾った貴族で溢れ、まるで舞踏会の会場のようだ。
一階の中央席は、当然だが手に入らない。
ソールドアウトだし、もし残席があっても、値段的に手を出させないだろう。
公爵令嬢とはいえ、旅行中の身であり、私はまだ学生。
自由にできるお金にも限度がある。
ということで席は二階席の中央から少しずれたエリアだが、問題ない。
こうして右側にベティ、左側にトムが座り、開幕を待つ。
人気の演目らしく、座席はほぼ満席。
チケットが当日で手に入ったのは、僥倖としか言えない。
そしてバレエのチケットは高額であり、貴族でもほいほい出せるものではなかった。
バレエは王侯貴族、高位貴族が楽しむもの。例えば男爵位ぐらいでは、年に数回観劇できれば御の字という状態。ゆえに昨晩の舞踏会のシンジアー男爵のような輩はいない。
つまり変なナンパなどなく、皆、「おほほほ」という感じで上品なのだ。
よってベティもトムも安心し、開演を待つことが出来た。
そしてほどなくして、オーケストラの音合わせが聞こえ、会場の明かりが落とされていく。
会場が暗転し、重厚な音が響き、舞台が明るく照らされる。
遂に幕が上がった。
◇
人気の演目だけあり、見応えがあった。
バレエとしては勿論、ストーリーも面白い。
終わった瞬間にスタンディングオベーションだったし、カーテンコールも行われ、会場は熱気に包まれた。その熱をはらんだまま、皆、席を立つ。
そしてここが前世と違うポイント。
終演後、次の公演まで時間が空く。
ゆえに早々に会場から追い出されることはない。
つまり観劇の余韻を、飲み物を楽しみながら、語り合うことが可能なのだ。
つまり席を立ち、ロビーに行くと、そこでは飲み物が盛んに販売され、歓談している人が沢山いる。
もし知り合いがいれば声を掛け、このバレエの感動を語り合いたいところだが、現在旅行中の身。知り合いなんていないのだから、歓談はなく、帰ろうとして歩いていたが……。
だいぶエスコート慣れしたはずのトムが、うっかり私のドレスの裾のフリルを踏んでしまう。
よろめいた私の体を支えてくれたのは……。
シルクハットを被り、黒地のテールコートに、メガネをかけた黒髪の男性。そばにはグレーのテールコートに銀髪短髪の片メガネの男性がいる。
「あ、あなたはあの時の……!」
「レディ、奇遇ですね。まさかここで再会できるとは」
昨日、ライアース・コロシアムで強盗から私達を助けてくれた貴公子だった!
「その節は本当にありがとうございました! 昨日からずっと御礼をしたかったのです。この再会は運命ですよね!? お名前をお聞かせいただけませんか!」
ここはもう食い気味になってしまうが、仕方ない。
ツァイガルニク効果も働き、ずっと気になっていたのだから!
すると貴公子は涼し気な笑みを浮かべる。
「そうですね。でも名乗るのであれば、ここは相応しくないかもしれません。どうでしょう。今晩、この帝都では宮殿で舞踏会が開かれます。そこでお会いしませんか。せっかくならこんな普段着ではなく、きちんと正装した姿であなたにお会いしたいです。私が正装した姿を見せたいというのもありますが、あなたのイブニングドレス姿も見てみたい。さぞかし美しいでしょうから。ホールに面したテラスで落ち合いましょう。月が丁度、見頃となった時刻に」
え、いきなりのお預け!?
しかも舞踏会で待ち合わせ!?
そう思うが……。
――「きちんと正装した姿であなたにお会いしたいです」
――「あなたのイブニングドレス姿も見てみたい。さぞかし美しいでしょうから」
こう言われては「嫌です!」とは言えない。
というか期待されていることには、なんだかドキッとしてしまう。
そして月が丁度、見頃となった時刻……十九時くらいということね。
「分かりました! では舞踏会で、必ずお会いしましょう!」






















































