そんな……!
花金。
前世では既に死語だったが、昭和を懐かしむ会社の上司が時々口にしていた。
週末前夜の金曜日、華やかに夜を楽しもうと「花の金曜日」と呼び、略して“花金”と言うらしい。
そして今日はまさにその“花金”なのだけど。
まったく心は踊らない。
皇太子との出会いを期待して向かった舞踏会。
「お嬢様、まだ帰らないのですか!? さっきから体目当ての令息ばかりに声を掛けられています。トムが頑張っていますが、何かあったら殿下に顔向けできません! もう帰りましょう!」
ベティにそう言われるぐらい、ギリギリまで粘ったのに。
この日の舞踏会に、皇太子は顔を出さなかった。
まさかの不作にがっかりしてホテルに戻り、休むことになる。
ライアース帝国に滞在できる日数は限られていた。
どうにかして皇太子とお近づきになり、私にゾッコンにさせたいのだけど……。
時間がなさ過ぎる。
無理なのかもしれない。
そう思いながら休むことになった。
◇
翌日。
目的は舞踏会だがそれは夜。
日中は表向きの目的である観光をしなければならない。
昨日からいろいろなことを達成できず、もやもやが残り、やる気がいまいち起きなかった。
「お嬢様、今日はいかがなさいますか? ライアース帝国はバレエが有名ですから、観劇されますか?」
「そうね、それでお願い」
申し訳ないがアイリス色のドレスに着替えると、ベティに丸投げをして朝食を摂るためレストランへ向かう。
だが、そのレストランで心臓が止まりそうになる。
だって!
昨晩、シンジアー男爵から私を助け出してくれた青年が、そのレストランにいたのだから……!
昨晩同様、パールシルバーの上質なセットアップを着ており、高位オーラが溢れている。
しかも黒髪と金髪のお伴を連れており、周囲に人を寄せ付けない雰囲気があった。
声を掛けたいと思い、彼らが座るテーブルへ向かおうとすると……。
「お客様、こちらから先は貸し切りとなっております」
「え!?」
レストランのスタッフに止められ、ビックリ!
だがよく見ると、あの青年の周囲の席は空席。
朝のこの時間帯のレストランの半分を貸しり切りにするなんて、何者!?
「あの、私、あちらの男性に」
「あちらのお客様は静かに過ごさられることを求められています。だからこそ、ここより先を貸し切りにされているのです。何人たりとも近づけないようにと言われています」
「でも……」
食い下がる私を見て、ベティが私に声を掛ける。「お嬢様、どうされたのですか?」と。
そこであのテーブルに座る青年が昨晩、シンジアー男爵から私を助けてくれた紳士であると説明すると……。
ベティはレストランのスタッフに手短にそのことを伝える。
さらに当人に私が御礼の言葉を伝えたいと言ってくれたのだ!
「分かりました。伝言としてお伝えしますので、まずは席にお座りください」
ここは素直に引き下がり、着席するしかない。
ということで席に座る。
朝食は、メインを肉料理か魚料理から選ぶだけだった。ベティ、トム、私と全員一致で肉料理を選び、ひとまず落ち着く。そこへさっきのスタッフがやって来た。
「先程の件、伝言として伝えましたが、『人違いではないでしょうか』とのことです。そして既にお客様は部屋に戻られました」
この言葉には「そんな……!」と思わず席を立ちあがってしまう。
見間違えるはずはない。
絶対にあの青年なのに……!
「お嬢様……」
ベティに声を掛けられ、我に返り、席に腰を下ろす。
スタッフには伝言の御礼と共にチップを渡し、私はため息だ。
「お嬢様、きっとあの青年は、とても高位な身分の方なんですよ。でも身分を伏せ、お忍びで避暑で旅行をしている……のかもしれません。ゆえに周囲と関りを極力持ちたくない。本当はお嬢様のこと、分かっているんじゃないでしょうか。でも助けたのは紳士として当然のこと。それに見返りや御礼を求めたことではない。だからこそ名乗らず、さっさと立ち去った。よってそっとしておくのがいいのではないですか」
ベティの言葉は説得力がある。
確かに高位な身分ともなると、悪い輩が寄ってくるから、警戒心も高くなるだろう。
そしてお忍びで旅行をしているなら、なおのことそっとして欲しいと思って当然だ。
善意の気持ちに、善意で答えたかった。
でも当人の気持ちを尊重することも大切だ。
仕方ない。
それに。
この広い帝都での一期一会、チャンスを逃せばもう二度とは会えないと思っていた。
でも偶然にも宿泊するホテルが同じだったなんて……。
そんな奇跡もあるのだ。
もしかしたらライアース・コロシアムの貴公子とだって、再会できるかもしれない。
昨晩は会えなかった皇太子とも、今晩こそは会えるかもしれないのだ。
よし。
前向きに行こう!
そう思ったところで朝食が到着。
元気よくいただくことになった。
そして確かにあの青年と再会したことで、私は何か運を手繰り寄せたようだ。
奇跡が起きる。






















































