颯爽と
ベティとトムを連れ、帝都観光として向かったのは、ライアース・コロシアム。
いわゆる円形闘技場で、かつてはここで猛獣と剣闘士による死闘が繰り広げられ、多くの観客を熱狂させていた。皇帝が民に与えた飴と鞭の一環で、税金を引き上げる度に、このコロシアムが沸くことになったという。
現在は道徳的観点から、猛獣と剣闘士による戦闘は禁じられ、このライアース・コロシアムは儀礼的なイベントで使われるだけとなっている。例えば騎士達の剣術大会、馬術大会などだ。
そういったイベントがない時は、観光客に開放されており、わずかばかりの入場料で自由に中を見ることができた。
「お嬢様、きょ、巨大ですね……!」
「ええ、本当にそうよね、ベティ。ハウゼン王国では剣闘士が昔から禁止されていたから、そもそもコロシアムがないわよね。それだけにこのスケールには、圧倒されるわ……」
「このライアース・コロシアムでは、五万人が収容できるそうですよ。五万人が目の前で猛獣に食われる人間を見て熱狂していたなんて……よくよく考えると、恐ろしいことですよね」
トムの言葉に「確かに」と背筋が寒くなる。しかもそれが“娯楽”だったのだから。
公開処刑しかり、人間はその根底に残虐性を秘めているのかと思うと、怖くなる。
「お嬢様、下に降りられるようになっていますよ」
ベティが地下に降りて行く階段を見つけた。
「地下には剣闘士の控え室や猛獣を飼育していた檻なんかがあるのよね? あとはコロシアムに水を引き込んで、水上戦を再現するための水路なんかも残っていたはずよ」
「面白そうじゃないですか。見に行きましょう、お嬢様」
そう声をあげたトムを先頭に、地下に続く階段を下りて行く。
多くの観光客がいるし、間もなく昼食時という時間で明るい。
地下であるが、採光のための窓もあり、さらにトーチもあるので暗いわけではなかった。
「あ、少しひんやりしますね」
ベティの言う通りで、地下は日陰も多いせいか、地上より冷たさを感じる。
さらにあちこちに苔が見え、湿度も少し高いようだ。
何よりも。
「声が反響しますね。天井も高いから」
トムの言う通り。
観光客のざわめきが、石造りのコロシアムの地下で響き渡っていた。
しばらくはそのざわめきを聞きながら、沢山の太い柱で支えられた地下空間を進む。かつて猛獣が飼われていたという檻や水路などを眺めていたが……。
「あら、子猫でしょうか。お嬢様、白い子猫が見えますよ」
ベティの声に、言われた方角を見ると……。
「え、あれは白いリスでは!?」
「本当だ。あの尻尾は猫じゃないですよ、お嬢様。白いリス。珍しい!」
トムも驚きの声を上げ、白いリスがいる方へ歩き出す。
かつての猛獣の檻があった通路を、白いリスは駆けて行く。
アルビノなのかしら?
ベティとトムと三人で、白いリスが走る方角へ向かい、通常の観光客が通るルートから少しずれた時。
「きゃあ」「うわあ」
それはほんの一瞬の出来事。
突然、柱の影から現れた大男がベティの口を押さえ、トムに蹴りをいれた。
悲鳴を上げようとした私の口も、大きな手で押さえられる。
ライアース帝国は治安がいいと聞いていた。
でも犯罪がゼロなわけではない。
「貴族だろう? 金を寄越しな!」
五人の男に囲まれ、そう脅されたまさにその瞬間。
人影が見えたと思った。
その人影は目にも留まらぬ早業で、五人の男たちをあっという間に倒していく。
「お嬢様!」
ベティが私に抱きつき、トムは蹴られたお腹を抱え、床に倒れている。
シルクハットを被り、黒地にグレーのストライプ柄のテールコートを着て、メガネをかけた黒髪の男性。彼の手にはステッキ。黒のテールコートに銀髪短髪の片メガネの男性の手には、鞘に収められた状態の短剣が握られている。
ステッキと短剣という武器で、この二人は大男五人を数十秒の間に制圧していた。
これには驚き、言葉を失いかけたが、慌てて私は御礼の言葉を口にする。
「た、助けてくださり、ありがとうございます」
「どういたしまして。レディの危機に駆けつけることができて良かったです。このコロシアムでは、観光客を狙った強盗が多発しており、警戒していたんですよ」
シルクハットの男性がそう言うと、短剣をしまった片メガネの男性は、トムの様子を確認し、口を開く。
「内臓の損傷はないようです。不意を突かれ、思いっきり、蹴りがヒットしたようですが、打ち身で済んでいますね。咄嗟でしたが、腹筋に力を入れたのが正解です」
トムに怪我がないと分かり、ホッとし、立ち上がる彼を助ける。
「警備の者を呼ぶので、安心してください。それでは我々はこれで失礼します」
そう言うとシルクハットの男性は、テールコートの胸ポケットに備えていた笛を取り出した。
「ピーッ」と大きな笛の音が響き渡る。
「あ、あの、御礼をさせてください。お名前を」
「名乗る程のことはしていませんよ。お気遣いなく」
「で、でも……!」
するとシルクハットの男性は、白手袋をつけた手で私の手を取り、恭しく甲へとキスをする。
「またどこかでお会いすることがあれば、それは運命かもしれません。その時は名乗りましょう」
そう言って彼は涼やかな笑みを浮かべた。
よく見るとすっきりとした顔立ちで、かなりの美貌であると分かる。
その姿に思わず見惚れていると「どうされましたかー?」の声と共に、沢山の警備兵が駆けて来た。
そちらに目線が向かっていた間に、窮地を救ってくれた二人の男性は……消えてしまった。






















































