これしかない!
「お嬢様、到着しました! 夏でも涼しいことで有名な氷山と氷河湖の国、ライアース帝国ですよ!」
グレーのドレスを着た侍女のベティが、嬉しそうに私を見る。
赤毛のボブにそばかすで、リスみたいにくりっとした黒い瞳。
私より6歳年上のベティは侍女というより、私にとっては姉みたいな存在だった。
「ハウゼン王国は、初夏で汗ばむ季節だったのに。ここはさすが氷山と氷河湖の国ですね。涼しい! 日陰なんてひんやりするるぐらいです」
従者兼護衛として私に同行するトムは、窓から外の様子を伺いながら、気温に言及したが。確かにトムの言う通りで、全然汗をかいていない。
そんな指摘をしたトムは、ブルネットの髪に紺色の瞳。細身だが筋肉はついており、黒ヒョウみたいだ。年齢は私より8歳上で、頼れる兄貴のような存在。白シャツに紺のズボン姿で、トランクを棚からおろし始める。
このベティとトムを連れ、汽車に乗り込んだ私がやって来たのは、ライアース帝国。
二人が語った通り、ライアース帝国は氷山と氷河湖が有名で、ハウゼン王国より北部にある。ゆえに夏でも涼しく、過ごしやすく、避暑で訪れる人も多い。そしてこのライアース帝国には、私と同い年の皇太子がいる。
アルロン・レイモンド・ライアース。
新聞で見た彼の姿絵での説明では、シルバーブロンドにわずかに青みを帯びたグレー……スカイグレイの瞳の持ち主で、高身長でスラリとしている。顔つきは大人びており、とても同い年には思えない。涼やかな顔立ちの美青年。それがアルロン皇太子だった。
彼は現在、絶賛婚約者を募集していた。それは国内外問わず、幅広く。バカンスシーズンと共に、連日宮殿で舞踏会を開き、貴族であれば招待状なしでも入場できた。そこで様々な令嬢と会い、運命の女性を見つけようとしていると、新聞で読んだのだ。
これを読んだ瞬間。
これしかない!と思えた。
だって。
他国の皇太子の婚約者になれば、さすがのローレンスでも私に手を出せない。
そんなことをしたら外交問題になる。
つまり。
私の計画。
それは他国の皇太子と婚約し、ローレンスとの結婚を回避する!だった。
騙すような形にはなるが、両親のことはこう説得し、今回のライアース帝国行きを許してもらった。
「お父様、お母様。バカンスシーズンが始まり、しばらくしたらきっと、殿下から水晶宮へ来ないかと、招待状が来ると思います。デビュタントの時に、そう言われました。アン王女や宰相の令息であるウォーカー様、騎士団長の子息であるオルソン様、ドリュー子爵令嬢も招待すると」
「何!? 水晶宮!? あそこは王族しか滞在できない別荘として有名なのに」
「そうよね。王太子殿下と言えど、国王陛下がお許しにならないのでは!?」
両親はまず、水晶宮が話題に出たことにビックリしていた。
さらにそこに招待されるかもしれないことを、あり得ないと思っている。
「そうですよね。水晶宮は王家にとっての特別です。そこに殿下が招待してくれるということは……。なにかサプライズがあるのではないでしょうか」
「「サプライズ!?」」
両親の声が揃う。
「殿下はデビュタントを経て、大人の仲間入りをされました。いよいよ婚約者の件も、本格的に始動するのではないでしょうか」
私の言葉に両親は顔を見合わせ「「まさか」」と呟く。
「王家に関することは、憶測で話すことはできませんが、何かがあるかもしれません。その何かがあった後。私は自由な時間を、なかなかもてなくなると思うのです。分かりますよね、特別な教育を受ける必要があることを」
特別な教育……つまりは王太子妃教育だ。
両親もすぐにピンときて「なるほど」「まあ」と反応している。
「水晶宮へのお誘いが来る前に。束の間の自由な時間を使い、旅行に行ってみたいのです。この春にライアース帝国と王都を結ぶ道が開通しましたよね? 汽車でライアース帝国に行けるようになりました。汽車で一日半で着きます。十日間。ライアース帝国で自由な旅をさせていただけないでしょうか。外交経験の役にも立つと思うのです」
「何、旅行!?」「まさか一人で行くつもり!?」
両親は難色を示すが、私は「一人旅と言っても侍女や従者は同行させる」と言い、さらに「家門のために殿下からの申し出にはイエスと答えるつもりなのだから、十日間ぐらい、旅行をさせて欲しい」と主張。「もしも許していただけないなら、殿下の申し出に難色を示すかもしれない」とまで言うと……。
一旦、結論を出さず、後日父親に呼び出され、こう言われた。
「ライアース帝国は友好国であるし、治安はハウゼン王国と変わらないと聞いている。それに十日程度なら……。侍女も従者もいるなら、仕方ない許そう」
父親は渋々だが私の気持ちを汲み、ついに許可をくれる。
本当の目的は、帝国の皇太子の婚約者の座を狙うのだが、それは勿論内緒だ。
一方の母親は……。
「私達がいなくて大丈夫、ティアナ? 一緒に行きましょうか?」
これは全力で拒否!
デビュタントを経て、大人として認められたのだから、一人旅を認めて欲しいで押し切った。
そう。
こうして私はライアース帝国に向け出発し、そして本日無事に汽車は帝国へ到着した。






















































