ちょっと待った!
「デビュタントの今日、ローゼン公爵令嬢に、伝えたいことがある」
ローレンスからこう言われた時は、血の気が引く思いだった。
この場で決定打となる言葉を言われたら、間違いなく詰む! そして言われた言葉へのお断りなんて……出来ない。
ゆえに私は咄嗟の判断で「待ってください、殿下!」と叫んでいた。
「まだ心の準備が出来ていません。確かに今日という日に告げたいお気持ち、よく分かります。大変ドラマチックだとも思います。一生忘れないでしょう。ですがどうか猶予をください。殿下が口にしようとしていること。それはとても影響力のあることなのですから」
これを聞いたローレンスは、当然だが残念そうな顔になる。それでもその性格の良さで知られる王太子。無理強いはしなかった。
「分かったよ。では今日のところは我慢しよう。しかしいつだったら……君の心の準備が整うのかな?」
難しい質問だ。
嘘偽りない答えでは「整うことはない」になる。
だがまさかそれを言えるわけがない。
「テストが終わり、デビュタントがあり、この後、テストの返却でバカンスシーズンが始まります。バカンスシーズンに入ることで、ようやくいろいろと落ち着き、ゆっくり考える時間を持てる気がするんです」
「なるほど。ではバカンスシーズンが始まり、一週間程したら、僕と話す場を作ってもらえるのかな?」
「そ、そうですね……。一週間……十日間程いただけると助かると」
ローレンスと話す場を設ける……。
それは無理だ、絶対。
でもこの場ではそうすると答えるしかなかった。
そして私の言葉を疑う気持ちなどない彼は、大変秀麗な笑顔で微笑む。
「分かったよ。バカンスシーズンが始まったら、アンや他の仲間も誘い、水晶宮にでも行こうか。湖のほとりにある別荘で、楽しく過ごせると思うよ」
水晶宮と言ったら、王家が所有する避暑のための別荘だ。
別荘と言ってもその規模は、宮殿並みと聞いている。
美しいドーム型の建物はガラス張りになっており、温室であり、希少生物を飼育しており、そこを見るだけでも一日がかりと聞いていた。
行ってみたい……!
ではない。行ったら最後、そこで決定打となる。
絶対に行かない!
と思うが、それは自分の心の中に秘め、笑顔で応じる。
「水晶宮! 一度は行きたいと思っていました。でも王族の方しか滞在できないのに、みんなを招待できるのですか?」
「特別にね。両親に特別に許可をとるよ」
王太子が一世一代の大舞台に挑むのだ。
国王陛下夫妻は許可するだろう。
「分かりました。楽しみにしていますわ」
「それでは飲み物でも飲んで、ホールに戻ろうか」
「ええ、そうしましょう」
なんとか決定打の回避に成功し、安心しながらクランベリージュースを飲んだ後、ホールに戻ったが……。
ローレンスは私の手を取り、離さない。
多くの令嬢達から恨み節の視線を感じ、その手を離して欲しいと願うがダメ。
アン王女が「あら、ローゼン公爵令嬢、全然、ダンスをしていないのでは?」と指摘。「お兄様、私とダンスしましょう」と言ってくれたことで、ようやくローレンスから解放された。だがローレンスは「ヘイスティングス、ローゼン公爵令嬢とダンスを頼む。次はガイルだ!」と命じる。
思うにローレンスは、私に大切なことを伝えられなかった。その反動でこのデビュタントでは、私が自身か、ヘイスティングスもしくはガイル以外とダンスすることを、阻止したいと思っているようだ。
ローレンスの意外過ぎる独占欲。
それは困るような、嬉しいよな。
でも正直、私とダンスしたいと思う令息はいるのかしら? いないのでは?
むしろローレンスとダンスしたい令嬢がわんさかいるのだ。
アン王女とのダンスを終えた瞬間。
ローレンスは沢山の令嬢に囲まれるだろう。
そして私の予想は当たり、アン王女とダンスを終えたローレンスは、群がる令嬢にダンスを請われた。
◇
デビュタントでのローレンスからの決定打は回避できたものの。
バカンスシーズンが始まれば、水晶宮へのお誘いが来る。
そこへ行ったら最後、フラグが立ち、バッドエンドに向け駆けだすことになるだろう。
これまでいくつもの回避行動を考えたが、ことごとく上手くいかなかった。
そこで今回は念入りに考えた。
この世界の流れから考えるに、やはりラスボスになるアレクシスの父親は、ローレンスに間違いなさそうだ。つまりローレンスから求婚され、婚約者になれば、卒業と同時に結婚式準備となるだろう。そして結婚式は滞りなく行われ、ローレンスと結ばれた私は……アレクシスを身籠る。
つまりローレンスと結ばれるのは、絶対にダメなのだ!
ということでバカンスシーズンの開始と共に、私はある計画を遂行することにした。






















































