デビュタント
「ローゼン公爵令嬢、なんて素敵なの!」
ティアラを冠し、純白のドレス姿のアン王女が私に抱きついた。
王族の一員を示す、ブルーのサッシュをつけたアン王女は、それだけでも目立つ。加えて今日のドレスも一際美しい。身頃やスカートに使われているビジューの煌めきは、間違いなくアン王女のドレスが一番だ。
一方のポーラは、髪を綺麗に後ろでお団子にし、白いリボンをつけ、ベルラインのドレス。その装いはとても可愛いのだが……。
「なんだかこのドレス、釣り鐘のようで……。本当に似合っているのか、自信がないです……。オルソン様が立派なだけに、私が地味過ぎて……」
なんて言っているのだ!
そこで私は、黒のテールコート、髪をオールバックにしたガイルを呼ぶ。
そしてポーラの素晴らしさを語るよう、はっぱをかける。
「え、ドリュー子爵令嬢の今日のドレスの良さを語る!? そんなの男の俺に聞くなよ」
ガイルが私に耳打ちするので、そこは「ロマンス小説を読んでいるのでしょう! ドリュー子爵令嬢に自信をつけてあげて」とさらに畳みかける。ガイルは「ええっ!?」と慌てるが、背中をバシッと叩くと……。
「ドリュー子爵令嬢。俺はこの通り、君なんかより図体もでかく、脳筋だから、上手い言葉が出てこないけど……。そのドレス、君によく似合っていると思う。まず花のつぼみみたいで、君の小柄の体型に合っている。ダンスで回転した時にも、綺麗なシルエットになると思うんだ。それにとにかく可愛い。うん。可愛いよ。とっても」
これにはポーラは真っ赤になるが、ガイルは何度も可愛いと伝える。
すると「わ、分かりました! ありがとうございます! もう大丈夫です!」とポーラが遂に告げる事態に。
さっきまで俯き加減だったポーラが顔をあげている。
ガイルの気持ちが届いたようだ。
そこでファンファーレが鳴り、学院長や理事がひな壇に登壇。
開会の挨拶が始まる。
一通りの挨拶が終わると、いよいよ全員でのダンスがスタートだ。
ポーラは背筋を伸ばし、ガイルと向き合っている。
大丈夫そうね。
「ローゼン公爵令嬢、緊張している?」
ローレンスに問われ、彼に視線を戻す。
「それは……そうですね。でもそれを含めてのデビュタント。この緊張は今、この時しか体験できないものなので。それも込みで楽しもうと思います」
「君は本当に、考え方が独特で、でもとても前向きだ。僕もその考え方に便乗だな。それともう一つ」
そこでダンスの最初のポーズをとったローレンスが、シャンデリアの煌めきを受け、優美に微笑む。
「ローゼン公爵令嬢と迎えたデビュタント。これは一生に一度の経験だ。僕は絶対に忘れない。今のこの感動を」
がしっと心を鷲掴みにするような言葉を言われ、前後不覚になりそうだが、曲が始まった。
ローレンスはそれに合わせ、そつなくリードを始めるので、私の体もなんとか動くことになる。
そこからは何度も行った練習の賜物で、問題なくダンスを踊ることになった。
そして盛大な拍手と共に、最初のダンスは終了。
ここで多くがパートナーチェンジとなるが……。
「三曲までは、連続で同じ相手とのダンスが認められているよね。ローゼン公爵令嬢、あと二曲は僕に付き合ってもらえるかな?」
周囲の令嬢の視線が気になるが、王太子本人からこう請われては「嫌です」とは言えない。イエスマンになりたくないのだけど、この世界の仕組みでは、それは無理な話。何せ彼は王太子なのだから! そもそも断るなら、相手が納得する理由が必要だが、咄嗟には浮かばない!
結局、二曲続けてローレンスとのダンスを終えた。
これで解放される!と思ったら。
「喉が渇いたな。休憩にしよう」
むむむ!
自然とエスコートされ、隣室へ向かっている。
今度こそは殿下とダンスを!と思っていただろう令嬢の視線が痛いが、ローレンスは気にすることなく歩いて行く。
軽食と飲み物が用意された隣室に、人はまばらだ。
まだダンスが開始し、十分程度しか経っていない。
みんな休憩よりダンスだ。
実際。
喉も乾いていなければ、小腹も空いていない。
何せ到着する馬車の中では、ザクロジュースもいただいている。
チラリと見たローレンスも、喉が渇いている様子や疲れているようにも見えない。
と思ったら。
隣室をさらに抜け、そのままテラスへ出てしまった。
「殿下、飲み物は!?」
「喉、乾いている?」
「いえ、乾いていません」
フッと秀麗に微笑むと、ローレンスはそのままテラスの手すりのあるところまで、私を連れて行く。
庭園に面したテラスには、月光が降り注ぎ、とても明るい。
花壇で咲き誇るハイドランジアも月明かりを受け、輝いて見える。
「ようやく二人きりになれた」
今の一言で盛大に心臓が反応している。
「デビュタントの今日、ローゼン公爵令嬢に、伝えたいことがある」
これには「うわーっ」と叫びだしたくなっている。
間違いない。
ここに至るまでの経緯、過ごした日々、流れから、ローレンスが言おうとしていることが分かってしまった。
確定だと思う。
彼が殺戮の天使となるアレクシスの父親なんだ。
ここで決定打となる一言を言われたら、終わる。
王太子からの直球の言葉はとんでもない効力を持つ。
そこで私は――。






















































