独身を貫くことが正解
闇落ちし、ラスボスになり、殺戮の天使になる息子を産まないために。
男性を寄せ付けせず、結婚をしない。
それしか私がこの世界で生き残る方法はないと思った。
なにせ出産と同時に死亡フラグなのだ。
息子が闇落ちしないように育てる……ことはできない。
では出産時の死亡を回避できるかというと……。
この世界、医療水準は前世とは比べ物にならない。
なにせ流行り病に対しては、主への祈りで乗り越える……という根性論が成立するくらいなのだから。そして私は転生前は、ごくごくフツーのアラサー事務職女子だったのだ。この世界の医療水準を劇的に変えてみせる、チートな力なんて持ち合わせていない。
それに。
せっかく誕生する息子アレクシスは、闇落ちしてヒロインと攻略対象にあえなく倒され、この世界から退場する。せっかく誕生しても、ティアナと対して変わらない年齢で、討伐が確約されているのだ。実に不憫なので、何か回避する手立てがないかも考えた。
だがしかし。
アレクシスが闇落ちするのは、必然としか思えない。
ここからは恋乙女ファンの間で推測された、アレクシス闇落ちの理由。
それは……。
自身の誕生と引き換えで、母親である私、ティアナが死亡。父親であり、夫はとてもショックを受ける。アレクシスは誕生した瞬間から、母親を失い、その愛情を得られない。加えて父親も、アレクシスと距離を置く。何せ最愛の妻を失った原因がアレクシスなのだ。その顔を見ると、妻の死を思い出してしまう。自然と距離を置いてしまうわけだ。
愛されることなく乳母の手で育てられたアレクシスは、どこかで両親への愛に飢えていた。それが彼の人格形成に暗い影を落とす。次第に彼の心は蝕まれ、この世界の、この国の滅亡を願うようになる……というものだ。
私もきっとそうなのだろうと思っていた。
ではアレクシスの父親になる相手に「もしも私が出産で死亡しても、生まれてきた子供のことは愛してあげてください」とお願いしたとしても。百パーセント成功するか分からない。しかも見届けることができないのだ。
アレクシスを救いたいが、救えない。
しかも闇落ちするアレクシスは、攻略対象とヒロインにより呆気なく討伐されるが、その前にいくつもの村や町を滅ぼし、大勢の民の命を奪っているのだ。子供も年寄りも、アレクシスが放った火により、大勢が焼死している。まさに殺戮の天使。
トータルで考えても、やはり私はこの世界で、男を寄せ付けず、独身を貫くことが正解に思えた。
というわけで赤ん坊の頃から、男性が近づくだけで、私は大泣きするようにしたのだ。例え相手が父親でも、ギャン泣きする。そうなると必然的に私の周りは女性ばかりになった。
よし。
これでいい。
正直、ティアナの父親はなかなかのハンサムだった。
ティアナ自身はキャラメルブロンドにルビー色の瞳で、まさにビスクドールのような愛らしさ。
対して父親は、柔らかい茶色の髪にピンク色の瞳だが、鼻も高く、目尻は少し下がり気味。なんだかハリウッド映画にいそうなメンズだったのだ。
抱っこされたら嬉しかったし、その笑顔を愛でたいと思ったのだけど……。
とにかくティアナは結婚するわけにはいかないのだ。よって男性を近づけないため、父親も申し訳ないが、ギャン泣きの対象だった。私が大泣きする姿を見た時の父親の顔は……。本当に悲しそうで、申し訳ない気持ちになる。だがここは心を鬼にして、断固拒否だ。
こうして周囲に男性がいない状態で、六歳まで育った。
だが……。
この世界では、前世でいう高校生になるまで、貴族の令嬢令息は、自宅学習が基本だった。つまり家庭教師をつけ、屋敷で勉強をする。その生活では友達ができないので、お茶会を開催。そこに同じような年頃の友達を招き、友達を作るのだ。そのお茶会がスタートするのが、丁度、六歳。
そしてティアナは公爵家の令嬢。
貴族の爵位の中では最上位に位置する。
すると。
「王家からお茶会のお誘いがありました。ティアナお嬢様、これは大変名誉なことですよ。よかったですね」
乳母から知らされた王家からの招待。
さすがにこれは病気にでもならないと断れない。
ということで何度かは仮病で誤魔化していた。
でもお誘いは何度も来る。
これは一度ぐらい顔を出さないと、招待状は永遠に届く気がした。
仕方ない。
一度は顔を出そう。
そうすればしばらくは免除されるはず……。
ということでピンク色のフリル満点のドレスに、白のふわふわのファーのついたロングケープを着させられ、母親と侍女と三人、冬晴れの午後、宮殿へ向かうことになった。
王家のお茶会。
令嬢令息、両方いる可能性が高い。
ここは令嬢と仲良くし、令息とは距離を置こうと決意した。
さすがに六歳にもなってギャン泣きだけで、男性を遠ざけることはできない。
この年齢になると、社交性も重視されるからだ。
「ティアナ。見て御覧なさい。あれが宮殿よ。立派でしょう」
母親に言われ、馬車の窓から外を見る。
確かにそこには広大な庭園が見え、噴水やトピアリーが並び、その奥に立派な建物が見えていた。その大きさ、スケール。間違いなく、それが宮殿であると分かる。
公爵家の屋敷もすごいと思っていた。
だが宮殿は……スマホ画面で見ていた二次元の世界の数百倍すごいと、感動することになった。
しかーし。
宮殿を見て感動している場合ではなかったことには……。
この後、気が付くことになる。
トピアリー:樹木を庭師が剪定し、動物や幾何学模様を立体的に表現したもの