ご褒美なのか苦行なのか
「ローゼン公爵令嬢。ガイルとドリュー子爵令嬢も、今頃、学院のホールでダンスの練習をしているのだろうね」
「そうですね。そうだと思います」
「気になるのかな」
「それは……。はい。お世辞にもオルソン様はダンスが上手……とは思えないので。ちゃんとリードできているか、心配です」
ガイルのダンスのリードは雑だと、昔、ヘイスティングスがぼやているのを聞いたことがあったのだ。
「!」
ローレンスがくいっと私の腰を抱き寄せ、彼との距離が近くなった。
ライムの爽やかな香水が鼻孔に届き、清々しい気持ちになる。
「ガイルはがさつだけど、壊れ物は慎重な程、大切に扱うよ。華奢なドリュー子爵令嬢が怪我をしないよう、きっと気を遣っているはずだ」
曲に合わせ、ローレンスが一気に私から距離をとった。
私はそこでしばしポーズを決め、彼の胸に戻る。
「そうだといいのですが」
「ちなみに僕とのダンス。どうかな?」
「……殿下のリードは完璧です。とても踊りやすく感じます」
そこで曲が終わり、体を反らした私をローレンスが支え、フィニッシュとなる。
ローレンスとのダンスの練習。
王宮の小ホールには、私と彼と、わざわざ練習のために楽団が集結していた。
「三曲連続踊ったので、休憩にしよう」
ローレンスが目配せすると、すぐに執事が飲み物を運び、従者が椅子を用意してくれる。そこに腰掛け、一旦ブレイクだ。
今日はポーラ達と同様、ローレンスと私も、デビュタントのためにダンスの練習をしていた。
彼とは六歳からの付き合いだったが、意外にもダンスを踊るのは、今回が初めてだった。
社交界デビューをする前は、ダンス教師にダンスを習っていた。
ローレンスもその練習の一環で、アン王女とダンスすることはあったが、身内や教師以外とのダンスは……私が初めて。勿論、私も同じだ。
「ところでローゼン公爵令嬢。僕が君のパートナーに申し出た理由、気にならないのかな?」
「? それは以前、殿下自身が話してくださりましたよね。殿下と私は幼なじみ。気心が知れています。それに私は……まあ、ドレス映えをして、パートナーとして連れ歩いても悪くはないだろう……という判断ですよね」
するとローレンスは驚いた顔で、紅茶を飲む手を止めてしまう。
「それは……随分ヒドイ言い草だね。それでは僕が、まるで上から目線の為政者だ」
「!? そんなつもりは!」
「僕もガイルと同じなのだけど」
これには「?」と首を傾げる。
するとローレンスが私の頬にそっと触れるのだから、ビックリし、紅茶をこぼしそうになってしまう。それを見たローレンスは私の腕を支え、微笑む。
「ローゼン公爵令嬢は、しっかり者に見えてドジなところがあるから。目が離せない」
「それは申し訳ありません……!」
「けなしているのではなく、むしろ褒めているよ」
またも意味が分からず、考え込む。
「しっかり者で完璧だと、あまりにも隙がなさすぎる。男性としては近寄り堅く、困ってしまう。そういう意味ではローゼン公爵令嬢の抜け具合は、いい塩梅だ。それに君は公爵令嬢という立場なのに、実に控えめ。自分が、ではなく、周りのことや自分以外のことをまず考えるだろう。昔話になるけど、ソリの時もそうだ。自分が怪我をしていないか、よりも、まず僕のことを考えてくれた」
「でもそれは殿下のお立場が……」
「人間、咄嗟の時、優先事項は自分になりがちだ。他者を思いやれるのはそういう育て方をされた者。例えば僕達王族は、まずは臣下と国民のことを考えよと教わる。大聖堂で祈りを捧げる時も、個人のことより、国全体のことだ。ローゼン公爵令嬢は、王族ではない。そういう育てられた方をされたわけではないだろうに、自然と他者のこと思いやれる。君自身の資質がそうなのだろう」
そう言われると、そうなのかと思ってしまう。
ただ自分が大した人間ではないので、自分よりすごい周囲の人間のことを、まず考えてしまうのは……自然なことだと思っていた。でも言われてみると、確かに私の資質なのかもしれない。
「そして僕らは立場的に“されて当たり前”なんだ。上に立つ人間ゆえに。でも君はそこで感謝を口にできるし、その気持ちを行動に移せる。キャンプの時、君は僕やガイル、ヘイスティングスの行動を踏まえ、自分も何かしたいと考えたのでは? その結果があの焼きピーチだったと思う。感謝の気持ちを行動で示したかった。もらった笑顔の分だけ、みんなを笑顔にしたかった。違う?」
「……! その通りです。でもそれは殿下やオルソン様やウォーカー様もしていることでは?」
「それは僕達はそういう教育を受けたからだよ。国を統治するのは、押し付けだけでは成立しない。やむを得ず厳しい判断を下す時は、祭事を増やし、臣下や国民の気分を盛り立てる工夫をする。……ローゼン公爵令嬢はそれが当たり前にようにできるんだ。まるで王族の一員みたいに」
ローレンスに褒められることは、嫌ではない。むしろ嬉しかった。
嬉しいから困ってしまう。
これでは私、ローレンスのことが……。
「そして先日のドリュー子爵令嬢の件。まさか君が動くとは……。でもそれで正解だったと思う。やはり僕の立場で動くと、事を荒立てることになりかねない。公爵令嬢という立場の君が動くことで正解だった。貴族は爵位の優劣をことさら気にするからね。それに君の説明を受けた三人は、ぐうの音も出ない状態。見事だったと思う。その勇気と行動力に感銘を受けたよ」
そこで椅子に座ったままの姿勢でローレンスは私の手を取ると、甲へとキスを落とす。
「ローゼン公爵令嬢は、僕から見て尊敬できる女性なんだ。僕の横に立ち、共に成長できる女性に感じる。その一方で、少し抜けたドジなところがとても可愛らしくて……。目が離せない。だから君のことをエスコートしたいと思った。エスコートさせてもらいたいと思ったんだ。僕を選んで欲しいと」
私の手をとり、上目遣いでこちらを見るローレンスは……。
十五歳とは思えない色気がある。
「わ、分かりました。殿下が熟考の上、エスコートを申し出てくれたこと、よく理解できましたから!」
「本当に分かっているのかな?」
「分かっています! そ、それより、私も屋敷に戻らないといけないので、練習を……」
もう最後は息も絶え絶えで告げることで、ようやくその心臓が止まりそうになる眼差しから解放された。だがその後のダンスは……。
抱き寄せる際の距離がこれまで以上に近く、耳元でささやかれたり、顔が近かったり……。
ご褒美なのか苦行なのか。
もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。
お読みいただきありがとうございます!
【お知らせ】完結・一気読みできます
『私の白い結婚』
https://ncode.syosetu.com/n9568jp/
「え、騎士団の団長!? いや、絶対! 体中傷だらけできっと獣みたいなんだわ! 私は第二王子みたいな優しい男性がいいわ! それに平民成り上がりの侯爵なんてまがい物のよ。絶対に嫌です」
王命で騎士団長に嫁ぐように命じられるが、妹は断固拒否。
そこで私は妹の代わりに“野獣”と恐れられる騎士団長に嫁ぐことになり――。
ページ下部に目次ページへ遷移するバナー設置済
よろしければお楽しみくださいませ☆彡