真心は伝わる
「ローゼン公爵令嬢、ありがとうございます……!」
小柄のポーラが私にひしっと抱きついた。
その体は小刻みに震えている。
上級生三人に囲まれ、ズバズバとヒドイ言葉を言われ、どれだけ傷ついたのか。
それが痛い程、伝わって来る。
「ドリュー子爵令嬢、あんな性悪な性格の上級生のこと、気にする必要なんてないわ。オルソン様とは毎日のように顔を合わせて、彼のお茶目な一面も見ているから、つい忘れてしまうけど……。彼、人気者なのよね。オルソン様と仲良くしていたら、こんな風に言われることは、この先もあると思うの。でもそこは堂々していればいいのよ。だってあなたをパートナーに選んだのは、オルソン様なのでしょう?」
するとポーラは涙で濡れた顔を上げ、コクリと頷く。
私達の所へ駆け寄ったローレンスが、彼女にハンカチを渡す。
ポーラは恐縮しながらも御礼を言い、ハンカチを受け取った。
「今朝のことでした。オルソン様に『もうすぐデビュタントだけど、ドリュー子爵令嬢は、エスコート誰にしてもらうか決めた?』と聞かれ『いえ、まだです』と答えたら……。『そっか。なら俺でどう?』と言われました。オルソン様と私では身長差もありますし、何より彼が人気なのは……知っていたんです。私も……実は剣術大会でオルソン様を見て、ファンでしたから……」
ポーラは頬をポッと赤らめる。
彼女がガイルのファンだった。
初耳だったが、これで納得。
席が隣と分かり、緊張しまくっていたのは、そのせいなのね。
「私には無理です、とお断りしました。でもそうしたら『え、じゃあ誰にエスコートしてもらうの?』と問い詰められ……。『なんだよ、まだ決めていないんだろう? だったら俺で決定。もしも後から申し込みがあったら、俺と決闘して勝ったら譲ってやってもいい。でも俺、負けるつもりはないからな』なんて言うんです。ビックリしました。何というか、展開がロマンス小説みたいで……」
ああ、ガイル。
あなたロマンス小説好きだったわよね。
決闘なんて言葉まで持ち出して。
絶対にロマンス小説の影響を受けているわ!
「夢みたいで、嬉しくて……。ローゼン公爵令嬢にもこのこと、話そうと思ったのですが……。今日のローゼン公爵令嬢は、一日中、心ここに在らずだったので、言いそびれていました」
それは……デビュタントでのエスコートがローレンスに決まり、確かに私は心ここに在らずになっていた。話しかけにくかったのだろう。
「結局、押し切られるような形でしたが、オルソン様のデビュタントでのエスコートを受けてしまいました。本当にこれで良かったのか、ローゼン公爵令嬢に相談したかったのです……」
「ああ、そうだったのね。ごめんなさい。でも受けて正解だと思うわ」
「そうなのでしょうか……」
ポーラが心配そうに私を見つめる。
「ドリュー子爵令嬢は、周りからどう思われるか、それが気になってしまったのよね。でもオルソン様からの申し出自体は、嬉しかったのでしょう?」
「はい……」とポーラは頬を赤くする。
可愛いわ。
ポーラは小柄で控えめで、なんだか小動物みたい。
同性の私から見ても、思わず守ってあげたくなる。
多分、ガイルもポーラのこんなところが気に入っているのではないかしら?
「ドリュー子爵令嬢、自信を持ってください」
ローレンスの凛とした声に、ポーラは背筋を伸ばす。
「ガイルは昔から格好つけたがりで、ふさげることが多く、変にドラマチックな演出をしがちですが……根は真面目で一途なんです。弱い者を守りたいという気持ちも強く、それに……」
そこでローレンスは、ふわりと優しい笑顔になる。
「ガイルは僕以上に武術訓練に励んでいるから、手はボロボロ、授業中も眠くなる。そんなガイルに君はハンドクリームを贈ったり、ノートを貸してあげていたでしょう。ガイル、ものすごく感謝していたんですよ」
ポーラ!
そうだったのね。それはとても素晴らしい気遣いだと思う。
「学院入学前は、ガイル、ヘイスティングス、そして僕で家庭教師から授業を受けていました。そこでガイルが居眠りしても、叩き起こすぐらいしかしていませんでした。ノートを貸すなんて甘優しいことはしていません。だからガイルはとても喜んでいたんですよ」
ローレンスもヘイスティングスも、ガイルにはスパルタね。
というか、男子はそんなものなのかもしれない。
「ガイルが君にデビュタントでのエスコートを申し出てたのは、素直な彼の気持ちの結果だと思います。席が近いから妥協したわけでも、面倒だから手近な令嬢で済ませたわけでもないですよ。だから自信を持ってください」
「で、殿下……」
ポーラが再び涙ぐむので、私は彼女をぎゅっと抱きしめた。
その上でこんな提案をしてみる。
「デビュタントまで二カ月あるわ。だからオルソン様とエスコートとダンスの練習をしようと伝えてみて。多分、そこまで頭が回っていないから、言われて『そうか、練習、必要なのか!』となると思うけど、『練習、しようぜ』になると思うから」
ガイルはいろいろと大雑把だから、エスコートを申し込み、OKをもらえたらそれで終了……と考えている可能性は大いにあった。
「練習するようになったら、オルソン様に少しずつ尋ねればいいと思うの。どうしてエスコートの申し出をしてくれたのか。どうしてドリュー子爵令嬢だったのか。キザで回りくどいロマンス小説みたいなことを言い出すかもしれないけれど、答えはちゃんとくれると思うから」
「……! 分かりました。そうしてみます!」
ポーラがようやく笑顔になってくれた。
どんなに地味で目立たない子であっても。
優しさと思いやりの心を持っていれば。
その真心は伝わる。
そしてガイルはその真心を、悪用したり利用したりする人間ではない。
額面通りに受け止め、感謝し、そして――。
騎士団の団長の息子で運動神経抜群のガイル。
メガネ女子で地味で目立つことがない大人しいポーラ。
まさに真逆の二人だけど、きっと……。
二人の照れ合う姿が想像できて、思わず頬が緩んだ。