妬み
ローレンスにエスコートされ、渡り廊下を通過していると……。
「たかが子爵令嬢のくせに、生意気なのよ!」
女性の強い口調の声が聞こえた。
ローレンスと私は同時に足を止め、目配せすることになる。
頷いたローレンスと二人、そのまま渡り廊下から中庭へと向かう。
薔薇のアーチをくぐった先の噴水のところに、女生徒の姿が見える。
金髪の縦ロールで、この世界の令嬢の定番の髪型だ。
金髪の色合いが白っぽかったり、濃かったりだが、髪型は一緒。しかもリボンの色まで同じ。その三人が取り囲んでいるのは……。
小柄でオレンジブラウンの髪に、べっ甲のフレームのメガネ、瞳の色はヘーゼル色。
ポーラ!
「席が隣というだけでしょう? 忙しいオルソン様は、パートナー探しに時間をかけたくなかった。だからあなたの申し出に首を縦に振っただけよ。そんなことも分からないの?」
「わ、私は自分からパートナーの申し出をしていません……」
か細い声ながらポーラが弁明をしていた。
だがその声は、すぐに厳しい声によりかき消される。
「そんなわけないでしょう。あのオルソン様が自分からあなたにパートナーの申し出なんてするわけがないわ。自覚がないのかしら? あなたは地味でちびで、胸は大きくても、ただの小太りなだけじゃない。釣り合わないわ、オルソン様に」
「そうよ。オルソン様は体格もよくて身長もあるの。あなたみたいなちびっ子とは、ダンスを踊りづらいわ。そんなことも分からない?」
「だいたい席が隣というだけで調子に乗り過ぎよ。デビュタントのパートナーは、クラスメイトである必要はないの。私達上級生でも構わないということ。オルソン様が入学されてからずっと、デビュタントを待っていたのよ」
次々と三人が声を荒げるので、ポーラは初対面の時のように俯き、怯えてしまっている。そして上級生三人は、弱々しくしている相手を見て、可哀そうと思うのではなく、もっと虐めてやろうと嗜虐的になるタイプのようだ。
三人はさらに畳み掛ける。
「三人で申し込みに行ったら、『もうデビュタントのパートナーは決まっている。俺、ドリュー子爵令嬢がパートナーだから、ごめんな』と言われた時のショックと言ったら……。私達三人は、剣術大会の金の卵部門でオルソン様を見てからずっと、応援しているのよ。ファン歴何年だと思っているの! ぽっと出のあなたを認めるわけにはいかないわ!」
「そうよ。辞退なさい! 自分には荷が重いって」
「パパと行くことにしたからごめんなさい――でもいいわよ!」
三人が高笑いをしたのを見た瞬間。
私はポーラの元へ向かおうとした。
だがローレンスが私の肩を掴み、動きを制する。
その目は「自分が行こう」と言ってくれているのだけど――。
王太子が動いては大事になる。
さらに男性に庇われた女性に対し、敵対している女性は間違いなく、怒りを募らせるだろう。
男性に庇われたことに対する嫉妬を助長する。
しかも庇った相手が王太子となると、なおのことだ。
ここは公爵令嬢という立場の私が動いた方がいい。
そこで目で合図する。
「殿下、ここは私に任せてください」
ローレンスは驚いた表情をしたが、「お手並み拝見」とばかりに微笑む。
そこで私は彼と距離をとり、噴水広場についた瞬間にわざと靴音を響かせる。
「「「!」」」
驚いた表情で三人の令嬢が振り返った。
この国に公爵家は三つのみ。
そして今、王立ハウゼン高等学院に在籍している公爵令嬢は、私しかいない。
つまりティアナ・ローゼンに家格でかなう令嬢はいないのだ。
ゆえにここは胸を張り、ポーラに声をかける。
「ドリュー子爵令嬢、ここにいたの! 部室へ行きましょう」
「ローゼン公爵令嬢……」
ポーラが泣きそうな声で私を呼んだ瞬間。
三人の上級生がギクッと体を震わせた。
侯爵令嬢、伯爵令嬢、男爵令嬢、かしら。
ボスと思わしき侯爵令嬢に流し目をして、私は微笑む。
彼女は息を呑み私を見返すが、目に力はない。
なぜここに公爵令嬢が……という表情をしている。
「先程、デビュタントのパートナーがどうのと聞こえましたが、私のパートナーはローレンス・ジョセフ・ハウゼン王太子殿下ですの」
これには三人は一気に気勢がそがれ、自然と数歩後退している。
「殿下は私の隣の席で、私の前の席はアン王女。王女の隣はヘイスティングス・ウォーカー。ウォーカー宰相のご令息ですわ。そして私の後ろの席が、こちらのドリュー子爵令嬢。そして彼女の隣の席が、ガイル・オルソン。王立騎士団の団長オルソン卿のご子息。そして私達六人は仲良しなのよ。ランチも毎日六人で楽しんでいるの」
この言葉に三人の顔は引きつり、さらに後退する。
ポーラは小柄。
対してローレンスも、ガイルも、ヘイスティングスも背が高い。
彼らと一緒にいると、ポーラは目立たない。
その背に隠れるような状態と言っても過言ではなかった。
つまり。
この上級生は、ポーラの交友関係を把握していない。
「デビュタントのパートナーは、自然とこの仲間内で決まったわ。アン王女はウォーカー様と。そしてドリュー子爵令嬢はオルソン様と。自然な流れでしてよ。何か、異論があるのかしら? 私達六人はクラスメイトで仲がいいのよ。部外者の方に何か言われる筋合いはないと思うのですけど」
これには三人は口を一文字に結び、何も言えない。
「それにオルソン様は、見た目でパートナーを選ぶような方ではないわ。騎士を目指しているような方なのよ。ドリュー子爵令嬢をパートナーにしたのは、仲が良い仲間だったからのは勿論、彼女の控えめで真面目な性格に好感を持ったからではないかしら? 誰かを傷つけるような言葉をズバズバ言うような令嬢には、一生パートナーの申し込みはおろか、ダンスのお誘いさえしないと思いますわ」
三人は顔を強張らせ、リーダー格の侯爵令嬢が引きつった笑いを浮かべる。
「ローゼン公爵令嬢。何か誤解があるようですわ。私達はただここを通りすがっただけで……もうお屋敷に戻らないと。これで失礼いたしますわ」
滅茶苦茶な言い訳をして、三人は足早に立ち去る。
だがそこでローレンスに偶然出会ってしまった三人は、もう失神寸前。
彼にカーテシーをすると、逃げるように去って行った。