じわじわと
「殿下。デビュタントのエスコート、お願いいたします」
ローレンスとのお茶会を終え、屋敷に戻った私は。
即刻、彼からのデビュタントのエスコートの申し出の件を両親に話した。
父親はすぐにこう告げた。
「断る理由なんてないだろう、ティアナ。まだ誰にも依頼していないのだし。それに王太子殿下に、どれだけエスコートを頼む書簡が届いているか。考えてみるんだ」
母親も追随する。
「そうよ、ティアナ。王太子殿下から申し出てもらえるなんて、奇跡よ。お断りなんてしたら、罰が当たるわ」
予想の範疇の反応だった。だが予想を超えたのは……。
「今から父さんと一緒に宮殿へ行こう。そして王太子殿下に『エスコートをお願いします』と直接伝えるんだ。こういうのは大切だから、即実行がいいんだよ」
早馬を出さずに。
まさか父親と一緒に、帰って来たばかりなのに、また宮殿へ出向くことになるなんて!
だがこの行動は、ローレンスをとても喜ばせた。
丁度、夕食時に近いこともあり、父親と私が宮殿に着いた時。ローレンスは自室で勉強をしていた。
私達の訪問を知ると、驚き、でもすぐに応じてくれる。
そして冒頭の通り。
私がエスコートをお願いしたいと告げると――。
「ローゼン公爵令嬢、ありがとうございます。僕の全力を賭け、君のことをエスコートします」
そう言ってまさかのソファから立ち上がり、私のそばに来ると、応接室の絨毯に片膝をつく。そしてそのまま跪いて、私に手を差し出したのだ。
これにはビックリしながらも、貴族令嬢として叩き込まれたマナーで、即刻立ち上がる。そのまま差し出されたローレンスの手に、自分の手を載せた。すると彼は私の手の甲に、優しく唇を押し当てる。
父親は「なんと……!」と隣で感動。
帰宅すると母親に、何度もこの時の様子を聞かせた。
こうして。
私のデビュタントのエスコートは、ローレンスで決定してしまう。
これにはもう、この世界の流れには抗えないのかとため息しかない。
翌日日曜日は、アン王女もローレンスも公務があった。
つまり皆で集まることもなく、月曜日を迎えた。
その月曜日。
ローレンスは朝から私を見ると、周囲の令嬢が失神しそうな笑顔になる。
サラサラの金髪も、その表情も、共に眩しい。
そして私が着席すると「デビュタントに向け、準備をさせてください」と言い出したのだ。
「準備とは……?」
「エスコートとダンスの練習です」
「あ……」
これこそ、断る理由がないので「分かりました。お願いします」となる。
実際デビュタントでエスコートしてもらう相手との事前練習は、定番だった。
とはいえ、この練習をすることで、ローレンスと二人で過ごす時間が一気に増える。
勿論、毎日練習ばかりするわけではないが、デビュタントまでの二カ月の間。頻繁にローレンスとは会うことになるだろう。そしてそれは多くの人々に目撃され、噂になるはずだ。
どうやら王太子は、ローゼン公爵令嬢をデビュタントでエスコートするらしい――と。
なんだかじわじわと外堀を埋められている気がする。
やはりこの世界で私は、定めの通り婚約、結婚し、闇落ちする息子を産むしかないのか。
「ローゼン公爵令嬢、部室へ先へ行っていただけますか? 私、少し寄る所がありまして」
ポーラにそう言われて初めて私は、終業の鐘が鳴り、朗読倶楽部の活動日であることを思い出す。
「ええ、分かったわ。では先に行っているわね」
先に行くと言ったものの、鞄にまだ教科書やノートをしまっていない。ポーラが教室を出て行くのを見送りながら、片づけをしていると……。
「ローゼン公爵令嬢、今日は倶楽部活動の日だったね。残念。僕は公務もなく、王太子教育も今日は休みなのに」
早速、エスコートとダンスの練習をしたかったようだ、ローレンスは。
土曜日、とんぼ返りするようにして訪ねたのだ。私がデビュタントのエスコートをとても楽しみにしている……と思われている気がする。そうではないのだけど、否定もできないので、こう答えるしかない。
「今日は申し訳ございません。でも明後日はよろしくお願いいたします」と。
「こちらこそ、楽しみにしているよ」
私のひた隠しにしている本音に気付いていないローレンスは、あの澄んだ碧い瞳を細め、笑顔になる。そして帰り支度が済んだ私は部室へ向かうのだけど――。
ローレンスは私を部室まで見送るという。
いつも公務や王太子教育があると、一緒に帰っているアン王女は、既に教室にいない。というのもローレンスが言っていた通りで、アン王女のデビュタントのエスコートは、宰相の息子ヘイスティングスだった。そして二人は今日、早速、練習をするという。つまり二人で帰宅してしまった。
ガイルはいつも通り、騎士の訓練。
つまり部室まで見送るというローレンスと二人になってしまうが……。
致し方ない状況。
しかも。
「練習になるから」と微笑むローレンスは、私をエスコートして歩き出したのだ。
廊下をすれ違う生徒達がチラチラとこちらを見ている。
いつも一緒にいるとはいえ、さすがに校内でエスコートされることはない。特段何かなければ。
さらに一年生はこの時期、デビュタントで動きがある。
ゆえに。
ローレンスがデビュタントでエスコートするのは私だと……早々に知られたと思う。
ただ、遅かれ早かれ知られること。
仕方ないと自分自身に言い聞かせていたまさにその時。
渡り廊下を歩いていた。
そこでこんな声が聞こえてきたのだ。
「たかが子爵令嬢のくせに、生意気なのよ!」