まさかの提案
碧い箱に白いリボン。
リボンをシュルッとほどき、カパッと蓋を開けると……。
「これはイヤリングですか!?」
「そう。碧い宝石のイヤリング。これをつけた君をエスコートさせてくれないかな? デビュタントの日に」
「え」
ローレンスは宝石よりも瞳を輝かせ、笑顔で私を見る。
「アンのデビュタントのドレスの仮縫いが終わった。そろそろだろう、デビュタントにエスコートしてくれるパートナーを探すのは。僕が一番乗りで、ローゼン公爵令嬢に名乗りを上げたはず。受けてくれるよね?」
心臓がドクドクと大きな音を立てている。
デビュタントにエスコートしてくれるパートナー。
まさに母親にも尋ねられ、いとこに頼めばいいと考えていたが、実際には動いていない。
つまり名乗りを上げたのは確かにローレンスが初めて。
決まっていたら、まだ断れたのに!
ううん。王族のお誘いを断る、だなんて!
社交界デビューの場となるデビュタントは、通常の舞踏会とは違い、エスコートするパートナーが誰なのか。そこはあまり注目されない。社交界デビューの方を皆、重視するからだ。ただし何事も例外がある。
ローレンスは王太子なのだ。
ただそれだけで注目の的になる。
しかも彼はまだ婚約者がいないが、いよいよ社交界デビューを飾るのだ。
世間的に大人と認められる中、遂に婚約者を決めるだろうと、貴族達の関心は高まる。そんな状況の中、ローレンスがエスコートする令嬢に注目が集まらないわけがない。
つまりデビュタントでローレンスにエスコートされたら、一気に私は有力な婚約者候補と見なされてしまう。それは王家としても理解しているはず。その上でこうやってイヤリングを贈り、私のエスコートを申し出ているということは……。
王家としても私を王太子の有力な婚約者と認めていることになる。
背中に汗が伝う。
これまで婚約者候補にならないよう、ローレンスと距離をとってきたのに。
「ローゼン公爵令嬢、もしやエスコートしてもらう相手、決まっているのかな?」
その碧い瞳を寂しそうに震わせ、ローレンスが私を見つめた。
そういう破壊力のある表情を向けられると……。
「決まっていません。た、ただ、デビュタントのパートナー。しかも殿下ともなると、私だけでは答えられません。ローゼン公爵家として対処する必要があるかと」
するとローレンスはクスクスと優美に笑う。
「そこまで堅苦しく考えなくても。宮殿で行う舞踏会ではなく、学校行事の一つに過ぎないのだから。それに王立ハウゼン高等学院は、一クラス二十名。一学年三クラスしかない。デビュタントの規模としては小規模」
それは確かにその通り。
でも量より質。
そこに集まる六十名は狭き門を突破してきた名門貴族ばかりなのだ。
「……といっても君は公爵令嬢だ。ローゼン公爵令嬢のパートナーなら、しかるべき相手ではないと困るというのも分かる。ではこうしようか。ご両親に話してから、返事をもらえる?」
しかるべき相手。
この国で王太子を超えるしかるべき相手なんて……いないと思う。
両親だって間違いなく「なぜ即答しないんだ、ティアナ! 王太子である殿下を超える相手なんて、この国にはいない。お受けするべきだろう!」と絶対に言うはず。
両親の反応は分かり切っていても。悪あがきしたくなっている。しかもローレンスから両親への相談を提案されているのだ。ゆえにここは「分かりました」と答えることになる。
「ではこの話はおしまい。エスコートを受けなくても、このイヤリングは君へのギフト。そのまま持っていて欲しいな」
「重ねてありがとうございます」
「では気持ちを切り替えて。大好きなレモンのメレンゲパイ、どうかな、ローゼン公爵令嬢」
こういう気遣い。
一方的に「イエス」の言質をこの場で取ろうとしない優しさ。さすが温厚篤実な性格のローレンスだけある。
「はい、どうぞ」
「! 殿下、わざわざ取っていただき、ありがとうございます!」
手ずからでパイを取り分けてくれるなんて。
こんなところもローレンスらしい。
将来国王に立つ様な人間とは思えないぐらい、彼は気さくだ。そのソフトな対応につい、私は尋ねてしまう。
「アン王女もデビュタントなのに、殿下はエスコートされなくていいのですか?」
「ああ、アンか。アンのエスコートは、ヘイスティングスするんじゃないかな。宰相と父上がそんな話をしていたから」
「そうなのですね。……殿下にエスコートして欲しいという令嬢からの申し出は、沢山ありそうですが」
するとローレンスはあっさり「そうだね」と言い、自身もレモンのメレンゲパイを口に運ぶ。
「普段、接点がない令嬢と、デビュタントだからとエスコートするのは……ね。僕は気心の知れたローゼン公爵令嬢をエスコートしたいと思うし、それに……」
そこでローレンスは大天使のような笑顔になる。
「間違いなく、デビュタントのためにドレスアップしたローゼン公爵令嬢は、美しいと思う。ぜひエスコートさせて欲しいな。何よりも大人の女性として一歩を踏み出す君のことを、エスコートしたいんだ」