学院生活
王立ハウゼン高等学院での、学生生活が始まった。
毎日、粛々と授業を受けるが、放課後はそれぞれで予定がある。
アン王女とローレンス王太子は、王族として教育や公務を行う。
ガイルは騎士見習いとしての訓練。
ヘイスティングスは生徒会に立候補し、見事書記に当選。
放課後は生徒会で活動している。
そしてポーラと私は。
倶楽部活動だ。
毎日参加が必須ではないが、所属しているのは朗読倶楽部。
詩や小説などを朗読し、たまに朗読劇などもやったりする。
入学してしばらくは、授業とそれぞれの課外活動で時間が過ぎて行く。
ローレンス、ガイル、ヘイスティングスと接点はばっちりできているが、それ以外の男子生徒とは、ほぼ関わらずに済んでいる。何せそばにこの三人がいるのだ。他の令息は私は勿論、アン王女やポーラにさえ、迂闊に声を掛けられない。それに朗読倶楽部は女子率が圧倒的に高い。数名だけいる令息は、女子みたいに大人しい。私に話しかけてくることもなかった。
こうなると本当に。
ティアナの婚約者は、ローレンス、ガイル、ヘイスティングスのいずれかになりそうで怖い。
何より王太子であるローレンスは、以前は私以外の令嬢ともお茶会の機会を持っていると聞いていたが、今となってはそれもないという。それでいて毎日のように、私とは顔を合わせている。
このままローレンスの婚約者にされたらどうしよう……という気持ちが、頭の片隅にある中。
「ティアナ、お帰りなさい! 今日は倶楽部活動がない日でしょう。ちょうどいいわ。あなたの社交界デビューとなるデビュタントの白のドレス、仮縫いが終わったそうよ。試着してみるといいわ」
学院から戻ると、エントランスホールに迎えに来た母親から、そう声をかけたられた。
乙女ゲームである恋乙女では、デビュタントが前期テストの後、6月に学校行事の一環として行われる。攻略対象とヒロインのドキドキイベントの演出の一つとして、そうなっていた。まだヒロインや攻略対象はいない世界だが、その設定はそのまま生かされているようだ。
ということでシルクの純白のドレスを着ると……。
「まあ、なんだか花嫁さんみたいだわ!」
長年公爵家で愛用しているオートクチュールのデザイナーが仕立ててくれただけあり、サイズもピッタリ。レースや刺繍の追加を打ち合わせでお願いし、試着も完了した。
「ドレスの用意は大丈夫そうだから、あとは誰にエスコートしてもらうかよ。ティアナ、あなたどうするの?」
私が男性嫌いで通しているので、母親はそんな心配をしていたが。
いざとなればいとこのジョージ兄さんにでも頼めばいいと思っていた。
デビュタントは学校行事として行われるが、同伴者は学院生限定ではない。
だが。
「ローゼン公爵令嬢」
サラリと金髪を揺らすローレンスに呼び止められた。
終礼が終わり、皆、倶楽部活動、委員会活動と動き出したタイミングだった。
「何でしょうか、殿下」
「これを君に」
渡されたのは光沢のある白い封筒で、王家の紋章の封蝋で閉じられている。
私が受け取るとローレンスは、アン王女と共に教室を出て行く。
「ローゼン公爵令嬢、倶楽部に行きましょう!」
すっかり打ち解けたポーラに声を掛けられ「え、ええ」と返事をしながら、私の心臓はドキドキしている。王家からの正式な書簡。何だろうと心配になる。
今すぐ開封したい気持ちになるが、王家からの正式な封筒。
きちんとペーパーナイフを使い、自室で開けるべきだろう。
鞄にしまい、この書簡のことは一旦頭から忘れ、倶楽部活動に集中。
その結果、すっかりこの書簡のことを忘れ、気が付いたのは……。
屋敷に帰宅し、夕食を終え、宿題をやろうと鞄を開けた時だ。
そして慌てて封筒を開封すると、そこに書かれていたことは――。
お茶会へのお誘いだ。
明後日の土曜日。
授業は午前中で終わり、倶楽部活動はほとんどがお休み。
その土曜日の午後、王宮でお茶会をするので、来て欲しいというのだ。
アン王女ばかりから招待状を受け取っており、そしてそれは両親宛に、いつも届いていた。
だが間もなく社交界デビューをするわけで、もう大人になるのだ。
こういう招待状も両親ではなく、本人宛に届いて当然だろう。
というかローレンス主催のお茶会なんて、久々だわ。
あれ、でも、待って。
この招待状、私しか受け取っていないのでは……?
学院生活では、ポーラを含めた六人で過ごすことが当たり前になっていた。
ポーラはドリュー子爵家の長女であり、家格として王家のお茶会に招待できないわけではない。そしてローレンスもポーラとは普段、会話をしている。仲が悪いわけではなかった。お茶会をするなら、ちゃんと招待状を渡すはずだ。そしてあの場にポーラもいたわけで……。
ガイルやヘイスティングスは、物心ついた時からローレンスと一緒にいる。いちいち招待状を渡すような仲ではないと思うのだ。だから彼らは招待状の有無に関係なく、お茶会には姿を現わすと思う。
いや、そうよ。
私が気づかなかっただけ。
たとえば私が、レストルームに行っているなどで、席を外している時。
ポーラには招待状を渡しているはずよ、きっと。
ポーラに確認したいが、もし「招待状は受け取っていない」と言われたら……。
自分は招待されていない……と傷つくことになりかねない。
そうだ!
アン王女に聞こう。そして尋ねた結果――。
「土曜日の午後にお茶会? 私はその日、公務でオペラ観劇があるの。アカデミーの女学生主催のチャリティオペラ。……お兄様ったら、私に抜け駆けしてローゼン公爵令嬢と、お茶会をするつもりなんて!」
アン王女抜きで、ガイルやヘイスティングス、ポーラとのお茶会なんてあり得ない。
間違いなかった。
このお茶会はローレンスと――。