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物心

貴方達は自分を破綻者だと思ったことはある

だろうか。私はそう思ったことがある。

同じ人もいるかもしれないが。

私は今でも自身のことを破綻した人間

だと思っている。

何が破綻しているかにもよるが、

私の場合は道徳的、本能的に破綻している。

私は小学生の頃1年から4年の頃まで

かなり我儘で、自分の思う通りにいかない

と泣いて人や物に当たっていたという。

そこまでは子供の癇癪としてあるもので、

破綻とまではいかなかったのだろう。

高学年になり

破綻していると感じたきっかけがあった。

私の事を親身に接し、

経済面で支えてくれていた、祖父と祖母が、

順番に亡くなった。

祖父が体調崩したらしく、母が家にいなかった。

その時はとても暇だった、

話す相手が居なくなったからだ。

その暇を抱えている頃、祖父が亡くなった。

その暇を

気づかれたくなかった為、葬式には出なかった。

その後に祖父が亡くなった事を悲しんだ祖母

がどんどん弱っていった。

物心ついてからずっと構っていてくれた祖母が

喋らなくなってしまった。

私はそれを見て祖母と会うことをやめた。

その時は何故そうしたのかは分からなかったが

喋らない為、飽きてしまったのだろう。

祖母の葬式は出たが、

すぐに泣くことは出来なかった。

家族の死の悲しみ

は感じることがなかったのだ。

喋れなくなる事や相手がいなくなる。

母が死んでしまったら話す相手がいなくなる。

と真っ先に思った。

葬式で泣かないことに、

私は

何故お世話になった祖母の死で泣けないのか。

沢山、話しただろうに。沢山助けられただろうに

と戸惑いと自身に怒りを覚えた。

すると涙が出てきた。

ここで私は気づいてしまった、

ここの人達で泣くことはできず、

私は自身のことでしか泣くことができないのだと

そんな私でも他人の為に泣くことができるのが

色々な人々が制作した空想の物語だった。

漫画、小説、アニメ、それらのもの

では自然と涙が出るものだ。

だからかもしれない、

小さな頃から絵を描いたり物語を作る事は

確かに好きだった。

ふと、作品を見ていた私は思った。

何故、作った人は

作品の中で人を殺す必要があるのだろうか。

それがきっかけで本格的に物語を

書くようになった。

書き続けた。

だが、いつのまにか

私も作品の中で人を殺していた。

人を殺し

その周りの悲劇や苦痛、苦悩を

書くのが好きになっていた。

悲劇が苦痛が苦悩がとても楽しく美しいものだと。

それ以外のものであまり感動を感じなくなった。

その悲劇の為に

幸せを作ることに意味を感じ、

たまに現実で行う事も考えた

だが、今までのルールや道徳は知っている。

現実と空想は壁がある。

互いにその価値観で図る事は許されない。

私はそれを行うことはしなかった。

それを行えば、道徳的に人としての尊厳を失い

人々が私から離れ、

話す事が出来なくなるから。

檻の話と繋がりますので、読んでね。

私の実体験は少し含んでるかもしれないですが。

とりあえす、フィクションと思っといてください。

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