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「愛する必要はない」と言われ、結婚しました。

作者: もよん

お祖父様が怪我をした。

幸い大事にはならなかったが、命の危機を感じ思ったそうだ。まだ孫の花嫁衣装を見ていないと。

 


 家族仲は悪くない。

 両親の仲は普通。もしくは至っていい方。

 けれど、自分が結婚して幸せになる未来が想像できなかった。

 散々お茶会で、政略結婚が多い貴族は夫婦仲が良くないと、聞かされたせいかも知れない。


 実家の男爵家の財政は、裕福とまでいかないが、安定している。そのお陰か、両親は私に結婚を急かすようなことは言わなかった。


 弟が結婚し、家を継ぐまで。

 家の仕事を手伝い、その後は修道院にでも入ろう。

 そういった計画をぼんやりと、頭の中でたてていた。

 

 家族がいて、衣食住も不自由ない。

 私は十分幸せ。

 だから結婚する必要も、つもりはない。そう思っていた。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖


「そう思っていたけれど、お祖父様の願いを聞いて、叶えてさしあげたい気持ちが出来てしまったの。私に出来る範囲のことだもの…………」


 私はカップの持ち手を弄りながら、瞳を落とし、眉を寄せた。


「それなら、私と結婚しませんか?」


 話を聞いてくれていた長年の友人の言葉に、私は目を開き、視線を上げた。


「そんなっ! それだとクレド様に、ご迷惑をかけてしまうわ」


 慌ててそう言ったが、クレド様はいつも通り、落ち着いていた。そして、ミルクティ色の瞳を細めて私に笑いかけた。


「私、前から家族に結婚するように、せっつかれているんです。だから、お互いの為にです」


「でも………」



 クレド様は子爵令息だ。年は私の3つ上の23歳。彼も前から、結婚しないと公言していたから、話を聞いてもらいたかっただけなのだ。

 

 兄のように頼もしい友人を、自分の都合に巻き込んでしまったと、私は罪悪感を感じた。

 


「大丈夫。ほとぼりがさめたら、別れてしまうか、別々に暮せばいい。それに、ノーリアは私を愛する必要はありません。愛される努力もしなくて良いんです。ね?」


 妙案だと言わんばかりに、落ち着き払っているクレド様。

 そんな彼の姿にいつも私は、説得力や自信を感じてしまう。




❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖


「綺麗だ。本当に綺麗だ。ずっと見つめていたい」


 今日は結婚式。

 神父様の前で、誓いを立て終わり、化粧直しのため、控室に1度戻った。


 化粧直しが済んだとき、クレド様が来られ、2人で話したいと、人払いをされた。



「あ、あの。ここは控室です。誰もいませんから、取り繕う必要はありません。どうぞ、世辞はおやめに………

きゃっ」 


 クレド様が私を覆い隠すように、抱きしめた。



「………、独り言だと、全部聞き流してくれませんか? この部屋を出る時まで。はぁー、本当に綺麗だ………。ノーリアのこの姿が見れて、隣に私がいるなんて、幸せすぎて頭がイカれてしまう。花嫁衣装………どうしてそんなに似合うんですか。今日だけなんて、なんて贅沢で勿体ない。毎日だって花嫁衣装で良いくらいだ」


 熱っぽく低い、早口の小声は、所々聞き取れず、私は思わず聞き返した。


「はい? あの」


「今日だけ。今日だけの特別な姿。ノーリアのたった1度だけの姿………。すぅーはぁー。すみません。行きましょう」


 こめかみあたりにクレド様の鼻先が当たり、匂いを嗅がれた気がした。

 結婚が決まってから時々、クレド様の瞳や言動に熱がこもっている気がして、私はその度、落ち着かない気持ちにさせられた。



 

❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖


 クレド様との新生活は、子爵家の領地にある本邸で始まった。

 クレド様のご両親は、私達が結婚したのを機に、王都のタウンハウスへ移られた。


 私は自室を貰った。クレド様も自室がある。夫婦の寝室はあるが使ったことはない………。


 この話題に誰も触れないので、私は安堵と同時に、良いのだろうかと不安を抱えていた。


 

 



 それから………




『ノーリア、ただいま帰りました』


『おはよう、ノーリア』


『行ってくるね、ノーリア』


 結婚後、クレド様は事あるごとに、私を抱きしめることが増えた。すると、屋敷に仕えている者たちから、微笑ましい気な眼差しを向けられるのだ。


 そのたびに私は、恥ずかしさから、いたたまれない気持ちになった。


 クレド様の行為は、私達の偽装結婚を悟られないようにする為のものなのか。それとも………。



 モヤモヤとした気持ちが溜まり、クレド様の休日に彼の自室を訪ねることにした。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖




「やぁ、ノーリア。いらっしゃい。昨日言ってた、話したいことって何です?」


 クレド様の部屋には、4人がけのソファが対に置かれている。その1つにすすめられ腰を下ろすと、クレド様は私の隣に座られた。腰に手を回し、ぴったりとくっつくように。



「ク、クレド様………。あまりにも近くありません? お話をするのなら、正面に座りましょう? 私があちらのソファに移動しま」


「この位置でも、話はできるでしょう? ちゃんと聞こえる距離ですし」


「き、聞こえすぎるのも、良くないと言いますか」


「そう………ですか。じゃあ《なるべく、声の大きさには気をつけますね》」

 


 吐息がかかるほど近い、耳もとでそう言われ、私は慌てて耳をおさえた。



「たっ、多少声が大きかろうと、問題ないですわ! だから、耳もとで小声で喋るのは、おやめになって!」


「ははっ。それは残念です」


 クレド様に笑われ、更に私の顔は熱さが増した。



「クレド様………。クレド様は私のことを、どう想ってらっしゃるの? これも偽装結婚をまわりに悟らないようにする為? それとも私を誂ってるの? そっ、それとも、私のことを………すっ………好きで」


「好きですよ。私はノーリアを愛してます」



 躊躇いなく発された言葉に、私は唖然とした。

 クレド様はなんてことない顔をしていて、私は聞き間違えたかと、自分の耳を疑った。



「いまなんと? クレド様に愛してると言われた気が」


「えぇ、私はノーリアを愛してます」


 これは現実かと慌てふためく私の手を、クレド様が両手で包み込むように握る。


 ずいっと、クレド様から顔を近づけられた。

 下手に動けば、クレド様の顔に当たってしまいそうで、私は動けなくなった。



「クッ、クレド様! クレド様は私を、妹のように愛してる! そうですわね!?」


「いいえ? 私はノーリアを一人の女性として、妻として、伴侶として愛してます」


「なっ!? どうされたの!? 結婚して、情が芽生えられたの!?」


「私は結婚する前から、ノーリアが好きで、愛してますよ」


「だっ! でっ、ですが! クレド様は私に愛する必要はないと仰ったわ!」


 そう言い返すと、クレド様は何のことか思い出したようだ。



「えぇ。ノーリアは私を愛する必要はありません。私が勝手に、あなたを愛し、あなたに愛される努力をするだけですから」

 


 クレド様はそう言うと、私の頭を撫で、頭部にいくつもキスを落とした。

 力が抜けて、私は顔を覆った。 



「いつから………、私のことを想ってくださってたの?」


「もうずっと………昔から。幼い時からノーリアは、私のことを慕ってくれていたでしょう? 確かあなたが10歳頃までは、私に抱きついてましたっけ。私はあなたに特別好かれてると思っていました」



 淑女にあるまじき昔の行動を思い出し、羞恥から、私は居心地が悪くなった。



「私のことが大好きだと、言わんばかりのあなたを見ている内に、私もノーリアのことが可愛くてたまらなくなり、好きになっていました。

 あなたと私が結婚することを、疑いもしていなかった。でも………」



 クレド様が視線を下げて、悲しそうな顔になった。


「いつの間にかあなたは、結婚をしたくないと言うようになっていました。あなたにとって私はただの友人だと、その時気づきました。気づいても、どうしようもありませんでした。もう戻れないくらい、ノーリア。あなたを愛してしまっていたから」


「だっ、だから、クレド様は結婚しないと仰っていたの?」


「そうです。あなたと結婚できないのなら、私は結婚したくありませんでしたから」



 クレド様が結婚しないと言っていた理由が、まさか自分のせいだったとは思わず、私は頭が少しクラっとした。



「気持ち悪いですか? 散々兄のような顔をして、あなたを信用させておいて、本当はずっと恋い焦がれ、欲を抱いていたなんて」



 クレド様の手が私の両頬を包み、少し上を向かせる。そして互いの額を合わせた。


 瞳をそらすことも叶わず、羞恥でプルプルと私の体が震えだした。



「ノーリア………。私はこの結婚が続く限り、あなたに求愛し続けます。あなたを無理に襲わないよう気をつけますが………。私のことが嫌なら、本気で拒絶しないと、私は容赦しませんよ? ちゃんと分かってます?」


 クレド様の口づけが、左頬へと落とされた。

 熱のこもった目が、真剣だと告げてくる。


 私の唇なんて容易に奪えたのにしなかったのは、これがまだ、警告の内だからか。

 


「ごっ、ごめんなさい!!」


❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖


 潤む視界の中、私はクレド様を押しのけ、慌ててて、自室へ逃げた。


 思考も感情も纏まらない。

 にも関わらず、とめどなく涙とともに溢れてくる。

 

 結婚なんて、したくなかった。


 貴族同士の結婚は不仲が多いから。

 初恋は実らないから。

 クレド様は、私を好きになんてならないから。


 クレド様の恋の噂を聞くたび。

 兄を奪われたような嫉妬、焦燥感だと思えば、耐えることができた。


 苦しい気持ちが、クレド様に恋をしているせいだと認める訳にはいかなかった。

 認めてしまえば、恋心に狂って、クレド様に当たってしまいそうだったから。

 

 ただの昔なじみの、間柄でしかないのに。


 立場を弁えない行動をして、取り返しがつかなくなることも、クレド様に嫌われて、関係が壊れるのも嫌だった。


 クレド様以外と結婚したくない。

 けれど、兄妹のような友人関係を壊す勇気もない。


 私はいつの間にか、誰とも結婚したくないと、周りにも自分の心にも嘘をつくようになっていた。


 それがいま………。



 脈が早い。歓喜で震えが止まらない体。

 顔を手で覆い、天を仰いだ。

 何度か深く深呼吸をして気づいた。



「ずっと願っていたことが叶ったのに、私なにを怖気づいてるの………?」



 そう思ったら、クレド様のもとへ走り出していた。



 本当は望んでいた。きっと期待だってしてしまっていた。


 この結婚に愛はないと思いながらも、クレド様の手を取ったあの日から。



 きっともう答えは出ていた。





❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖





「えっ!? ノーリア、どうしたんです? あなたが私の部屋を飛び出してから、15分ほどしか経ってませんよ!?」


「クレド様!」


 驚くクレド様をよそに、私はクレド様の胸へ、昔のように飛び込んだ。



「………。容赦しないって言ったの、ちゃんと覚えてます?」



 私の頭上から、クレド様の呆れたような声がした。

 それでも私はクレド様の胸に更に自身の顔を押し付け、「はい」とくぐもった返事を返した。


 私の返事を聞いた時、クレド様が息を呑んだ音がした。



「クレド様………。私ずっと、あなたを兄のように慕ってたわ。どうせ恋が叶わないと、嘆く自分を守るために。だからさっきは、思いがけず気持ちが報われて、驚いて、逃げてしまったの。ごめんなさい」

 

 ゆっくりと私は話を続けた。


「クレド様は間違ってないわ。ずっと昔から、私はクレド様が好き。愛してるの。クレド様以外と、結婚なんてしたくなかった。クレド様以外と結婚する未来なんて、欲しくなかった」


 自分でも分かるほど、私の声はたどたどしく、震えていた。 



「そう………、だったんですか………。なぁーんだ。私達、とても遠回りしてたんですね」


 クレド様はほっとしたように、優しい声の調子でそう言ってくれた。

 私は気まずく下げていた瞳を、クレド様へ向けた。 

 

「だから、愛さなくていいなんて仰らないで。離婚されたくなければ、愛される努力をしろと私に言って?」



 クレド様の手を取り、私は自分の頬へと押し付けた。



「ノーリア………。ふふっ、私と別れるのは嫌ですか?」


「嫌………、嫌です………。ずっと私は、クレド様の妻でいたい。ずっと、あなたと夫婦でいたい」


 クレド様の瞳と顔が、熱で蕩けたのが分かった。



「ノーリア! 私の可愛い、私の奥さん!」


 グッと、私の体が少し反るほど強く、感極まった様子のクレド様に抱きすくめられた。



「そんな可愛いことを言って、私の心を摑んで離さないなんて! 早速、努力してくれたんですか? だとしたら、あなたは上手すぎだ!」



 私の顔はいつのまにかクレド様の両手で固定され、クレド様はじゃれ合うように、互いの鼻を数度、擦り合わせた。



「互いに努力し続けると、約束しましょうね? もう遠回りは御免ですから」

 

「はい、あなた」

 

 

 

 もうそこには、兄のような面差しのクレド様はいなかった。

 きっと私も。妹のような顔は、捨てることが出来ていたと思う。






❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖




 それからはと言うと………



「ほら、ノーリアどうしたんです? 互いに愛される努力をしようと、誓ったじゃないですか。ちゃんと、私のことを愛してると教えてください」


「でっ、でも、クレド様! 毎朝、毎夕。お見送りと、お出迎えの度はやり過ぎではっ!? 屋敷の者たちも沢山いるのに!」


「まさか。そんなことありませんし、周りは気になさらず。さぁ、愛してると言って、抱きしめて、キスして下さい。朝は僕。夕はノーリアからです」



 互いの気持ちを確かめあった後。クレド様は、とても愛情表現がストレートな方であると知った。

 兄のような存在だった頃からは、想像できない。


 クレド様はだいぶ無理して、兄の皮を被っていたのではないだろうか………。私なんかよりも分厚い皮を。






 屋敷に仕えている者たちの、若い主人たちへの微笑ましい眼差しは、日に日に増していくばかりだった。



-完-



 

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