安倍晴龍の霊案件②大男 土御門玄昉(ツチカドゲンボウ)
安倍晴龍を乗せた車は東北自動車道を北へと走らせている
車内では菅原が晴龍から根掘り葉掘り聞かれていた
勢いがある話し方に戸惑いながら正直に応えた
晴龍の様なタイプは見栄をはったり嘘をつけば足元を見透かられると感じたからだ
大学と大学院での講義内容や何処の専門施設で修行をしたのかを話した後、何故官僚になったのかと聞かれ応えた時に少し晴龍の声が優しくなったことに気付いた
菅原は動機が単純なので怒られるか呆れられると思っていた
菅原が官僚になりたかった理由は
エリートになりたかったから
それだけ
昔から"霊感"と言われるものが普通の人より強かった
両親は事故で亡くなった
祖母に引き取られた菅原は祖母を驚かせたくないので霊の事は話さずにいた
風呂場でシャンプーしている時の背後
真夜中の鏡、呻き声に呼ぶ声
少しだけ開いている襖から覗く目
見える者、話しかけてくる者に怯え我慢して暮らしていた。
中学に上がる頃、墓参りで両親の霊と会った
驚きはしたが流石にこれは怖くなかった。
初めて霊感に感謝した
少しの時間だが話をすると両親の死は霊障が原因の事故だった事を知る
霊力の強い父親が悪霊に呼ばれたのだ
霊に対しての怒りが湧いたが、その霊は両親がすでにあの世で片付けたので息子の出番は無いと笑われた
両親は護身の為だと除霊の仕方を息子へ伝える
そして最後に「立派になりなさい」と告げ消えていった。
この時、菅原は "立派になりなさい"を"エリートになりなさい"に変換したのだ
だから漠然と霊媒してエリートになる事を目指したのだ
「まぁ難点は気が小さいことなんですけどね」と笑ながら晴龍へ伝えた
ミラー越しに見えた晴龍の顔は優しく微笑む暖かいものだった
さっきまでのパワハラ上司の顔は無かった。
少しだけ賑やかなサービスエリアで食事を済まし
「もうすぐ福島県に入りますので場所をお願い致します」
カーナビをいじりながら場所を聞いた
晴龍がスマートフォンをみながら目的地を伝える
県境にある山奥地朱河村
カーナビがセットされる
「この場所って最近テレビでCMやってるリゾート地ですよね」
"僕知ってます"と言わんばかりのどや顔に晴龍はイラッとしておでこを叩いた
菅原のどや顔は好きではない。
晴龍はスマートフォンに来た報告書を読み上げる
三日程前、朱河村で殺人事件が発生
動画撮影に来ていた若者5人組の内2人が首をノコギリの様な物で切断されていた
寸前に送られてきた来たであろう動画を見て警察へ通報
2人のご遺体発見
菅原は車を走らせながら「それは霊案件なんですか?」と訪ねると
「ほぼ間違い無いわよ」と自信ある声で応えられた
2人の殺害現場は湖の洞窟の中の鳥居前
ここには万年氷が岩を包む"氷岩"と呼ばれる物に結界が結ばれていた。
その結界が何者かに切られていた
警察の見立てでは若者が動画チャンネルのイタズラで結界を切ったのではとのこと。
遺体の出血量から見て生きたまま首を切断
断面の首の皮が右から左、左から右へと流れる様に伸びている
チェーンソー等の機械だと切断面は一方向になりやすいのでかなりの力で木材を切るように切られたとの見立て
「生きた人間の首を人力で切断は難しいし、1度に2人なんて県警も霊案件の要素が強いから私達に話振って来たんでしょ」
目を細めながら報告書を見つめる晴龍
その報告書を後から見るのが嫌な菅原
車は高速道路を出て下道を走る
市街地を抜け山道を走ると少し長めのトンネルへ入る
薄暗いトンネルのライトの向こうに夕焼けで照らされる出口が燃えているかのように映った
「ようこそ朱河村へ」
看板が薄いオレンジ色に照らされていた
2人は村長が経営している旅館"山朱荘"に着いた
県警の捜査本部が設けられている
車の中で晴龍が菅原に身分証を渡す
表には出ない官僚なので都道府県別に身分証があるのだ
菅原はスパイ映画みたいで少し興奮している
警察手帳タイプになっているのでサッと開く真似をしている
警視庁直下県警特別捜査瑕疵係(ケイシチョウチョッカケンケイトクベツソウサカシガカリ)
もっともらしく書いてあるがそんな課は存在しない
警視総監から直接、特例指示として伝達されているので各県警察の上層部からはかなりの特別扱いになっている。
現場の警察官は大体融通が利くのである。
手帳を見せれば敬礼もされる。
ただ、たまに喰いついてくる輩もいる
「誰だあんたら?何しに来た」
旅館の中の捜査本部に入るなり1人の男が絡んできた
趣味の悪い銀色のスーツに丸いギョロ目を剥き出して晴龍のもとへ勢いよく絡んでくる
スッと手帳を見せ
「警視庁直下県警の捜査員だけど」
晴龍は怯まず静かに応える
菅原は晴龍の後ろでパカパカと手帳を見せていた
「よそ者だろ」
「田舎者?」
男の言葉にすぐに返すと後ろにいた若い捜査員が慌てて走ってきた
「ちょっと六風さん絡まないでくださいよ」
晴龍に頭を下げて六風という男の袖を引いた
「うるさいよ 俺は首も命を落とすのも怖くねぇから指図すんな、部外者は入れるな」そういって袖を戻し若い捜査員の手を払った
「あんた面倒くさい上に恥ずかしい事を普通に言うのね」
小馬鹿にした笑いで六風を挑発する
慌てて菅原が晴龍に止めに入った
ガバッと晴龍の胸ぐらを掴む六風だが、すぐに動きが止まった
「良くないですね、女性の胸ぐら掴むとかお巡りさんのすることではないですね」
上にも横にも大きな体が胸元の手を引き上げる
「遅かったね」微動だにしない晴龍がニヤリと笑う
「こちらの方は?」
オドオドと菅原が見上げると大きな男と目が合う
「吉備真備さんが言ってた方ですね」
いかついスキンヘッドが笑顔で挨拶をした
「土御門 玄昉です、宜しくお願い致します」
とても礼儀正しい姿勢と言葉使いにギャップを感じる
「所でこちらの出世もしなそうな頭の足りないお巡りさんはどうしますか」
丁寧だけで失礼だった
グイッと持ち上げて木の葉の様に揺れている六風を指差す
「いらないね、もっと上の人に話聴きに行こ」
啖呵を切るように晴龍がいうと六風は畳へと落とされた
無様に倒れこむ様を周りの警察官が笑う
六風の顔がひきつり笑う
捜査本部は旅館の大広間を使って行われている
晴龍を見るなり童話の狸を思わせる走り方で2人の男が駆け寄ってきた
県警警察署長と捜査本部部長だ
警視総監直々ともあり警察署長まで挨拶しにきたのだ
「署長の白河です」「捜査本部部長の泉崎です」
絵に書いたように低姿勢に名刺を3人に渡す姿を見て菅原はこれがエリートだと内心喜んでいた。
事件の経緯を聞く
亡くなった2人は撮影場所を探していたそうだ
撮影候補の為スマートフォンで撮影したと思われるが2人のスマートフォンは粉々になっていた
しかし1人が残りの3人に動画を送っていた。
その動画を転送してもらい晴龍達が観る。
菅原は報告書もまだ見ていないためかなり怯えている。
送られてきた動画を再生する指が震える
動画は始まった
「伝説の洞窟神社でーす」
寝起きドッキリの様にコメントして外観を撮る
洞窟の入口から暗闇の方へと歩く音がする
怖いものを誤魔化すためか茶化し口調で2人の掛け合い実況が続くが口数が減ってくる
はぁはぁ 寒っ 暗っ
単調な言葉の繰り返しが洞窟の冷たさ暗闇の恐怖を伝える
足音が響く
ガサガサ ジャリジャリ はぁはぁ
洞窟内の氷柱がライトで照らされる
ガサガサ ジャリジャリ はぁはぁ
ガサガサ ジャリジャリ ウォー はぁはぁ
ガサガサ ウォー はぁはぁ ジャリジャリ
動画中に少し聴こえるか聴こえないかの声がした
「何かきこえなかった?」
1人の男が声がする方を照らすと大きな影が一瞬映り画面が暗くなる
カメラが服にあたるゴワゴワした音が鈍く聞こえると
「なんでライト消えんだよ」「なんかあるぞ」
「何にもねえだろ」「誰かいる?」「何だよこれ」「なんの音だ」「うわっ」「こえーよ」
カキン カキン ガリガリと金属があたる様な音と共にパニックになっていく二人の声が響く
「なんか来てるよこっち来てるよ」
その声は恐怖に怯え震えきった悲鳴
「あっがだっガガがガガ」とぐしゃこ ぐしゃこと肉を削るような音が同時にした。
びちゃぴちゃびちゃと液体が飛び散らかる音と
撮影者の走る音がする「やべえよ、まじやべぇ」
そういって動画は送信され終わった。
見えなくとも伝わる恐怖に菅原は青くなっていた。
「晴龍さんこれ」
土御門が晴龍の方を向くと目を細め頷き「凄い悪霊だな」と答えた
署長と捜査本部部長へ伝える
戸惑いながらも頷き殺人事件としての捜査本部は解散になった。
残りの3人がまだ旅館に居るのを聞くと晴龍は菅原と土御門へ今後の指示をする
まだ到着していない2人が来るまでに3人から詳しく話を聞く事と伝説とやらを調べる事だった。
捜査本部解散の為、警察がどんどんと撤収していく
そんな中 撤収せずに六風が影から晴龍を見ていた。