幼馴染は、眷属のことを愛し尽くしたい
「うへへ…せんぱぁい…にへへ…」
「大丈夫…かな」
「平気、だって凄い幸せそうだもの。じゃあ、次は私の番だよ」
だらしない声を出しながら気絶した霞は、意識を失ってからも僕のことを呼び続けている。その様子に一抹の不安があったが、今は白芽の方に意識を向けるべきだろう。これ以上、白芽が僕を疑わなくてもいいように、全力で彼女を甘やかそう。
「分かった、こっちおいで?」
「うんっ!」
嬉しそうな顔をしながら、白芽が僕に飛び込んできた。やはり、白芽は笑っている方が何倍も素敵だ。泣き顔ではなく、この顔を見るために僕は白芽の眷属になった。その本懐を今日、やっと達成できたような気がしたのだ。これからは、今まで以上に白芽を愛そう。
「ん、とりあえず頭撫でて?」
「白芽は本当にそれが好きだね。何か理由があるの?」
「分かってるくせに…わざわざ言わせたいの?」
そんなことは無い。何となく、察することは出来るが白芽の口からそれを聞くことが大事なのだ。今日は話し合うことの大事さを思い知った日でもあった。僕が勝手に独りよがりな考えを持っては、彼女たちを幸せにすることなど出来ないと思う。
「励が…私の髪を両親以外で初めて、綺麗だって言ってくれたからだよ。あの日も、私の髪を守ってくれて、凄く嬉しかった。だから、この髪は励に触ってほしい。あなたが大事にしてくれたものを、私も大事にしたい」
「白芽…」
やっぱり、思いを聞くことは大事だ。白芽は僕が考えていた以上にこの髪を大事にしていたし、それを再認識することも出来た。僕も白芽が大切にしたものを、僕が守れたものを大切にしていきたい。少しづつ白芽の髪に触れていくと、じんわりと指先が熱を帯びてくる。風呂に入ったばかりだろうか、いつもとはまた違った感触だった。
髪を撫でながら、白芽をこちらに抱き寄せる。白芽もそれを真似するように、僕の体を力一杯抱きしめてきた。柔らかな体と、ふわふわの髪が僕を包んでいく。とても幸せだ。
「んぅ…もっと強くして良いよ…」
その言葉を受けて、両手で白芽を包み込むように僕とくっつけていく。絶対に離さないという意思表明を込めて、白芽の体をどんどん抱きしめる。そして彼女の温もりや息遣い、心臓の音まで聞こえるくらいになってようやくその手を離したのだが、白芽が今度は僕を強く抱きしめてきた。
「駄目…今日はずっとこうしてて」
「苦しくないの?」
「平気…励に抱きしめて貰えない方がもっと苦しい」
「じゃあ、息が続かなかったたら腕を叩いてね」
今度は白芽の頭を僕の顎の下に持ってきて、そのまま強く抱きしめる。鎖骨の辺りに白芽のつむじがあり、その下で荒い彼女の吐息が吹きかけられる。若干のくすぐったさを感じながらも、白芽の全てを堪能する。甘い匂いが漂う彼女を、抱き枕のように容赦なくホールドするのは何とも言えない心地よさがあった。白芽も両足を使って必死にしがみついてくる。その姿もまた、愛おしい。
「ふっー-! むー-! はぁっ…はぁ…」
「ごめん、ちょっとやり過ぎた?」
「い、いや…理性飛んじゃいそうなくらい気持ちよかった」
息を整えながら話す白芽は、霞に負けず劣らずのだらしない顔をしていた。その顔は普段の無表情では考えられないほど緩み、背徳的な雰囲気を纏っていた。いけない、僕の理性が持つかどうか心配になってしまう。今日はこれくらいで何とか終わらせないと。
「し、白芽? 今日はこれくらいで…」
「まだ駄目、だよ」
「っ!」
先ほどの蕩けた顔をしながら白芽はゆっくりと、しかし一切迷いもせずに僕の唇を奪った。咄嗟に白芽の肩を抱いて距離を取ろうとすると、彼女の腕が僕の頭を抱いてがっちりと固めてしまった。僕はただ、白芽に口内を貪られるしかなくなった。
「ん…ふぅ…はぁっ…」
「し…らめ」
「うふふっ…これ、凄いね。頭がぐらぐらして、体もビクビクしてくる。もっと欲しくなっちゃうよ」
息が切れる寸前までキスを続けられ、もう少しで意識が落ちそうになるまで舐られる。それが終わっても、不足した酸素を必死で取り込む口をまた、白芽の口で塞がれる。何度も何度も、これまで我慢していた分を取り戻すかのようにして、白芽は僕との口づけを楽しんだ。
「あれ…もう、バテちゃった?」
「い…いやいや、まだ大丈夫、だよ」
少し、というかかなり危ないが、いくら吸血鬼とは言え女の子の白芽が余裕そうなのに、男の僕がもう疲れたなど情けなさ過ぎる。白芽には今日までの分、しっかりと楽しんでほしいのだ。これくらいで倒れていては、これから霞と白芽を同時に相手することなどできない。
「ふふっ…嬉しい。でも、今日はこれくらいで勘弁してあげる」
「そ、そう? なら、お言葉に甘えようかな」
さりげなく白芽に気を使われてしまった。少し面目ないが、ふらふらとしているのも事実だ。ここは小さなプライドは捨てて、白芽の好意に甘えよう。
「最後に、血飲ませてくれたらね?」
「え…、それは、ちょっと…」
「どうして? この駄肉女にはあげたのに、私にはくれないの?」
「う…」
それを言われると弱い。白芽が大切にしていた僕の血を勝手に分け与えておきながら、これからも霞に吸血を許可しろと言った手前、僕に断ることなどできない。僕は白芽の前に首元を差し出しながら、その眼を閉じた。
「あんまり…吸わないでね?」
「だーめ、気絶するまで吸っちゃうんだから」
ズキリと痛みが走る。しかし、その痛みは苦痛などでは無かった。噛まれた部分は熱くなっていって、痛みよりも快感の方が強まっていく。白芽の口元が歪んで、そこに僕の血液が流れ込むほどにどんどんそれは大きくなっていき、ついには弾ける。
今日は霞にも血をあげたし、白芽の吸う勢いも強かった。霞の吸血を上書きするかのような白芽のそれは、瞬く間に僕の意識を刈り取ったのだ。僕は白芽に支えられながら、体の力を少しづつ抜いていった。
「はぁ…今日も、美味しかったよ?」
白芽の妖艶な笑みが、暗くなっていく僕の瞳にこべりついてくる。眼を閉じても、その姿が焼き付いて離れなくなっていた。少しづつ意識を落とす僕に、白芽は優しく囁きかけた。
「私以外に血をあげてもいいけど、首を咬ませちゃ絶対にダメ。ここは、私だけの特等席なんだから」
あぁ、分かったよ。そう告げることも出来ずに、僕の意識は完全に落ちた。両端に柔らかな温もりを確かに感じながら、僕は幸せな大海に身を投げたのだった。
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「寝た…かな」
ひとしきり励を楽しむと、彼は眠りについてしまった。本当はもっと楽しみたかったのだけど、もう寝むたそうだったので遠慮した。励は私が満足してないことが分かったら、きっと無理をするだろう。だから、起きてる間はこれで良い。後は、私が勝手に楽しむだけだから。
「ふぁ…あれ? しぇんぱーい?」
「チッ…復活するのが早い」
端っこの方で気持ち悪い声をあげながら、打ち上げられた魚みたいに跳ねていた駄肉女が、眼をこすりながら起きた。これからは私の時間だと言うのに、邪魔な存在が出てきた。いっそのこと、今ここでもう一度幸せな夢の中に返してやろうか。
「おい、駄肉女。励は寝てる。起こしたらぶっ殺すぞ」
「え…!? 白芽さんって、そんなこと言うタイプでしたっけ…!」
「うるさい。私は励をこれからもっと愛すんだ。お前は二度寝してろ」
つい、言葉が荒くなってしまう。まぁ、こいつにはこれくらいがちょうどいいだろう。所詮、この駄肉女は側室なのだ。本命である私が一番多く、全てにおいて励を愛し尽くすべきだろう。お前は余りもので我慢しておけばいいのだ。
「い、嫌ですよ…! 先輩は私の眷属でもあるんですから…! そっちこそ、寝てる間に随分と楽しんだみたいじゃないですか…!」
「励を愛すのは本妻である私の役目。お前には励のおこぼれくらいがちょうどいい」
「なっ…! さっきから言わせておけば…!」
プルプルと震える駄肉女。そんな非合理的なものをぶら下げているから、頭まで弱くなるのだ。そんな脂肪に栄養を送るくらいなら、もっと脳みそに栄養を送れ。別に、羨ましいとかそんなことは一切ない。ただ、励は大きい方が好きみたいだし、そこはちょっとだけ気掛かりではある。今度、励に揉んで大きくしてもらうことにしよう。
「それなら、こっちにだって考えがあります…!」
「っ! 今すぐその手を離せっ…!」
こいつ、よりにもよって励の手に自分の胸を押し当てやがった。なんて破廉恥なことをするのだ、慎みとか貞淑だとかを持ち合わせていないのか? 怒る私を見てニヤニヤとするのも腹が立つ。私も励の腕に絡みついて対抗するが、いくら押し付けても骨の感触しか与えられない。悔しい。
それからしばらくの間、励の腕を抱きながら彼の匂いを楽しんでいると、近くから声がした。もちろん、駄肉女の声だ。
「あの…白芽さん? 少し、お話しませんか?」
「何、お前と話すことなんてない」
「こ、この…人が折角歩み寄っているというのに…」
励が望むなら、私はこの女の存在を認めてもいい。そう思えたのは、励が私のことを本当に大事にしてくれているのだと分かったからだ。けれど、私にだって譲れないものはある。例えば、励の首筋の傷は私の眷属だという証だし、そこを誰かに触れさせるつもりは絶対に無い。本音を言えば、血の一滴だってこれに分け与えたくないのだ。
「全く…どうして、白芽さんは先輩を好きになったんですか?」
「そんなの、決まってる。励は私と一緒に居てくれて、化物の私を認めてくれたから」
「そうなんですか。私も、同じような理由です」
同じ、だって? そんなことは無い。私の方が何倍も励を愛しているし、一番一緒に居た時間が長い。それだけ積み重なる想いも大きいし、何より幼い頃の記憶が今も鮮烈に残っている。私は、彼と過ごした日々を一秒だって忘れたことは無いのだ。
「私も先輩に救ってもらいました。いや、今も救い続けてもらってます。だから、今度は私が先輩を救ってあげたいんです」
「余計な、お世話だよ」
「そうですか? 私の血を先輩が飲めば、毎日血も吸えますよ?」
「ぇ…? それは、どういうこと?」
思わず飛び起きてしまった。励の血が毎日飲めるだなんて、そんなことあり得ない。けれど、こいつの口ぶりからは妙な自信が溢れていた。私は頑張って平常を装って、ここは話を聞くことにした。
「私の血は、先輩に対してだけ沢山の恩恵があるんです。理由は分かりませんが、私の血を飲めば先輩の血はいつもより断然濃く、多い量を作ることでしょう」
「ごくっ…」
毎日励の血が飲める。それも、今よりももっと濃くて芳醇なものを。それは私の頭を塗り替えるには十分すぎるものだった。はやる気持ちを抑えて、私は駄肉女の説明に耳を傾けた。
「どうです? 先輩の血と時間を少し分けてくだされば、白芽さんも先輩を今よりもっと楽しめるんですよ? いい話じゃありませんか」
「うまい話には、必ず裏があるものでしょ。一体、何が目的なの?」
この女にとって、私は邪魔な存在だ。その事実だって隠しておけばいいものを、どうして簡単に打ち明けたのか理解できない。何か私を嵌める魂胆があるのだ。
「目的なんてありませんよ。強いて言うなら、先輩が私をもっと見てくれたいいなぁって」
「…良く、分からない。黙っていれば、励の血を独り占め出来たんじゃないの?」
血が本当に増えるのなら、増えた分をどうにかして励から吸い出してしまえばいいのだ。私は、まだこの女を信用していない。励を狂信しているようだが、害にならないとも言い切れないのだ。励に害をなすなら、例え彼の意向に背こうと私は手を下す。私は彼女の返答に気を張るのだった。
「だって、そうしたら白芽さんが私のこと嫌いになっちゃうかもしれないじゃないですか」
「…は?」
私の想定していたいくつもの答えですら合致しない、馬鹿みたいな理由が返ってきた。お前のことなど、励について回っていた中学生の時から嫌いだった。だから、私も彼女に嫌われているものだと思っていた。もしかしてこいつ、私に嫌われていると分かっていなかったのか? こいつ、本当に馬鹿だな。
「ふふっ…なに、その理由」
「あっ…! 今、笑いましたよね…!」
「笑ってない、なんでお前と話して笑わなきゃいけないんだ」
そうだ。こいつが私が想像していたよりも馬鹿で純粋だったから、それを嘲笑っただけだ。それ以上の感情は無い。
「後、そのお前とか駄肉女って言うの辞めて貰えます? 私には橘霞って名前があるんですよ」
「知らない、お前はお前で十分だ」
「全く…! 先輩がいないと可愛げないんですから…!」
私は励だけいればいい。けれど、これからはこいつも励の傍に居る。私を邪魔する気はないようだし、彼女の励への気持ちは本物だ。そこだけは、認めてやってもいい。
「…おやすみ、霞」
「っ! あ! 今名前で呼びましたか! 呼びましたよね!」
「うるさい…励が起きちゃうでしょ…」
やかましい吸血鬼、霞が吼える中私は眼を閉じた。傍には励の温もりが感じられる。今日もまた、気持ちよく寝られることだろう。励の手を握りながら、私は眠りについたのだった。




