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2 武士に二言はありません

 新婚さんみたい、という観月の言葉にどきりとする。

 冗談かな、と思って観月を見ると、観月はほんのりと頬を赤く染めている。

 

「観月と一緒に住んでもう六年になるのに、新婚はないんじゃない?」


「なら、もう立派な夫婦ということですね」


 冗談めかして観月が言い返す。

 気づいたら、観月がすぐ隣にいて、さっきより距離が近くなっている。

 綺麗な髪からふわりと甘い香りがして、和樹はどきりとした。


 観月はわざと自分を異性として意識させようとしているのではないだろうか。

 そんなことを和樹は思う。


 何を目的に観月がそうしているのかはわからない。けれど、和樹としては観月をそんな目で見るわけにはいかなかった。


 観月は家族で、妹なのだから。それ以外の関係になるのが、和樹は怖かった。今までの観月と過ごした六年間が壊れてしまう気がして。


「俺たちは夫婦じゃなくて、兄妹だけどね」


 念を押すように和樹は言う。観月は肩をすくめた。


「でも、婚約者です」


「婚約者のフリをしているだけだけどね」


「フリだけって思っていたらダメだと思うんです」


「どうして?」


「そうじゃないと透子さんに見抜かれてしまいます」


「見抜かれてもいいんじゃないかな」


「良くないですよ。透子さんに見せつけてこそ、意味があるんです」


 そういうものかな、と和樹は首をかしげる。

 和樹を振った透子への意趣返し。そういう意味では、透子に見せつけることに意味がある。


 観月はやる気満々のようだった。

 ただ、透子は透子で少し様子がおかしかった。河原で会ったときは、「和樹がどうしてもと言うなら、婚約破棄を考え直す」みたいなことを言っていた。 


(いまさらどうしてそんなことを言うんだろう?)


 でも、透子に婚約破棄の意思がないのなら、意趣返しの意味も薄くなる。

 和樹がそう言うと、観月は首を横に振った。


「透子さんがまだ兄さんに未練があるなら、なおのこと見せつけて透子さんを諦めさせないといけません」


「どうして?」


「えっと、それは、その……」


 突然、観月はきょどきょどとして、うつむいてしまう。


「……兄さんはわたしのものですから」


「え?」


「と、ともかくですよ。透子さんが何を考えているかは知りませんが、一度は兄さんを侮辱して、婚約破棄をしたんです。許されることではないですし、それを翻すなんてもってのほかです。武士に二言はないんですから」


「俺たちの先祖は武士じゃなくて公家だけどね」


「揚げ足を取らないでください」


 ジト目で観月に睨まれ、和樹はくすっと笑う。 

 つられて観月もふわりと笑う。笑顔の観月はとても可愛かった。


 意識して、和樹は観月から視線を外す。


「ともかくさ、夕飯は俺が作るから観月は休んでてよ」


「でも……」


「いいからいいから」


 今、観月と一緒にいると調子が狂う。恋人のフリ、婚約者のフリをしようとする観月とどう接すればよいのかわからない。


 観月が名残惜しそうに台所を去ると、和樹はほっとした。

 そして、冷凍庫から小分けに保存したひき肉を取り出す。


 さくっと麻婆豆腐と味噌汁を作って、冷凍ご飯もレンジで温め、食卓へと持っていく。

 観月は食卓に腰掛けて、本を読んでいた。


 読書は和樹と観月の共通の趣味だ。お互いに気に入った推理小説の貸し借りをしたりしている。

 無駄に広い屋敷の書斎には大きな本棚もあって、その一部は二人で共有していた。


 和樹が夕飯を持ってきたことに気づくと、観月はぱっと顔を輝かせ、本を閉じた。


「麻婆豆腐ですね!」


「見ての通り、ね」


 観月は子供のように嬉しそうな顔をした。麻婆豆腐は観月の好物の一つだった。

 学校ではクールな美少女として観月は知られている。観月がこんな無邪気なのは、家だからだ。


 美味しそうに麻婆豆腐を頬張る観月を眺め、和樹は微笑ましくなる。


 観月は、和樹の妹であることが自分の特権だと言った。

 その意味を、和樹は急に感じた。


 こういうふうに観月の楽しそうな姿を見て、一緒にご飯を食べて家族でいられるのは、観月の兄である自分の特権なのだと思う。

 

 観月が箸を動かす手を止め、そして、じっと和樹を見つめた。


「こうやって一緒にご飯を食べて、同じ家に住めるのも、妹であるわたしの特権ですね」


 くすくすっと観月は笑う。

 全く同じことを考えていて、和樹はどきりとした。観月はそんな和樹の内心を知るはずもなく、幸せそうな笑みを浮かべていた。


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