1 新婚さん?
和樹と観月の住む祝園寺家は、京都の伝統的な古い街並みの中にある。
日本家屋の屋敷は、和樹、観月と父の三人で住むには広すぎた。とはいえ、その屋敷も本来は別宅の一つに過ぎない。
祝園寺家は戦後すぐに財政難から屋敷を手放していて、この家に引っ越してきたのだった。
扉を開けると、木造家屋独特の安心感のある香りがする。
観月は足を上げて、スニーカーを脱ぐ。
その拍子に、制服のスカートの裾から白い太ももがちらりと見えた。和樹は思わずどきりとする。
そんな和樹の視線に気づいたのか、観月は顔を赤くした。
「に、兄さん……」
「な、何も見てないよ」
「嘘つき」
観月はそう言ったけれど、その言葉に責めるような響きはなかった。
「妹のことをエッチな目で見ていたんですか?」
期待するように観月は和樹を見つめた。
そう。たしかにそうだ。観月が和樹の恋人のフリをして、婚約者になり、子供を生むと言っている。
だから、こんなふうに観月のことを意識してしまう。
でも、観月は……義妹だった。血はつながっていなくても、大切な家族だ。
和樹が何も言えずにいると、観月はくすっと微笑む。
「わたし、可愛いですものね。仕方ありません」
観月はそう言って、ちょっと嬉しそうに笑う。
「観月はたしかに可愛いさ。でも……」
観月を異性として意識すれば、確実にこれまでの関係は変わってしまう。たとえ恋人のフリだとしても、義理の兄と義理の妹という関係とは違うものになる。
そもそも、観月が和樹のことをどう思っているのかもわからない。
10歳のとき初めて会った相手を、本当に兄だと思ってくれているのだろうか?
それは、和樹がずっと気にしていることだった。
そんな和樹の内心を観月は知るはずもなく、可愛いと言われたことが嬉しいのか、柔らかな笑みを浮かべている。
そして、廊下に上がると、くるりと和樹を振り向いた。セーラー服のスカートの裾が翻る。
いたずらっぽく、観月は和樹を見つめた。
「兄さん、ご飯にします? お風呂にします? それとも、わたし?」
「古典的なジョークだけど、ご飯もこれから作らなきゃだし、お風呂も湧いてないし」
「『わたし』なら、いますぐでも大丈夫ですよ」
観月は言ってから、照れたように目を伏せた。
恥ずかしがるなら最初からそんな冗談を言わなければいいのに、と和樹が言うと、観月は頬を膨らませた。
「兄さんだってエッチなことを想像したくせに」
「してないよ」
「してないんですか」
ちょっと寂しそうに、観月は言う。
そんな表情をされると、和樹が悪いことをしたような気分になってくる。
和樹はぽりぽりと頬をかいた。
「少しは、考えたけどさ」
「ほ、ほら、やっぱり!」
観月は言いながら、嬉しそうに目を細める。
和樹は苦笑して、肩をすくめる。
「まあ、ご飯にしようか。今日は俺の当番だし」
「はい!」
和樹と観月の父は、ほとんど家には帰ってこない。だから、ほとんど二人暮らしみたいなものだ。
おかげで和樹も観月も、料理も洗濯も掃除も慣れてしまった。
時計は夕方の六時を指している。秋の陽は短くて、もう外は真っ暗だ。
和樹が台所に立つと、観月もやってきた。
「手伝います」
「いいよ。俺が当番なんだし、簡単なものを作るだけだし……」
「わたしがそうしたいから、そうするだけなんです」
和樹が振り返ると、観月はセーラー服の上から、薄いピンク色のエプロンをつけていた。
観月の体のラインにあわせて、エプロンがふわりとかかっている。
観月は小柄だけれどスタイルが良くて、その柔らかそうな胸の膨らみがエプロンで強調されていた。
思わず見つめてしまいそうになり、和樹は意識して観月の体から視線を外した。
(やっぱり、変だ……)
今日はおかしい。婚約者のフリをするという観月の提案のせいか、普段は意識しない観月のことを異性として見てしまう。
幸い、観月は和樹の視線に気づかなかったようだった。いや、気づいていないフリをしているのかもしれないけれど。
観月は和樹の隣に立ち、そして和樹を見上げる。
「こうしていると、新婚さんみたいですね」
そんな言葉を、観月は甘くささやいた。