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35 透子は祈る

 ぽたりと水滴の音がした。

 私は――東三条透子は、地下牢に囚われていた。


 裸にされて、両手は後ろ手に縛られて、吊るされている。両足には鎖がつけられていた。


 こんな扱い、受けたことがない。私は名門の七華族の長女で――。

 でも、今はなにもできないただの女の子だ。


 お母様と従姉の朱里さんも一緒だけど、二人とも同じように裸にされて、うなだれている。

 男たちは私たちを東三条の家から拉致してきた。その際に大勢の男に裸を見られ、下卑た言葉を投げかけられた。


 今、思い返しても屈辱で、怒りで頭が真っ白になりそうになる。

 それでも、それ以上のことは何もされていない。


 たぶん、白川家の嫡男が私たちのことを犯して、妊娠させるつもりなんだろう。

 そうすれば強い霊力を持つ子供を作れるから。


 外道な考えだけど、そのおかげで私たちはいまのところ犯されていない。

 でも、桜子は……私の妹は……魔術の才能がなかった。


 拉致される直前、桜子が裸にされて男たちに押し倒されそうになっているのを見てしまった。

 白川家にとって利用価値のない桜子は、その場で慰み者として良いものと扱われたんだと思う。


 あのあと、桜子はどうなっただろう?

 和樹が助けてくれていたらいいんだけど。


 最悪の想像もしてしまう。和樹は敗れ去り、桜子も観月も白川エミリアさんも凌辱され……そして、私たちを誰も助けに来ない、という想像を。


 私は首を横に振った。大丈夫。きっと和樹が助けに来てくれる。

 それでも和樹が来なければ、私たちは子供を生む道具として、下手したら一生監禁されたままだ。


 実際、白川家の地下牢にはそうした女性たちがたくさんいた。

 私たちと同じ牢には、美しい20代後半ぐらいの女性とその娘の10代前半ぐらいの女の子二人がいた。

 

 三人ともちゃんと着飾れば、芸能人とも見間違えるぐらいの美人一家だ。

 でも、母親は裸でぐったりとしていて、娘たちはすすり泣いている。


 白川の嫡男に犯されたらしい。彼女たちの身元を聞いて驚いたのだけれど、うちのお父様、つまり東三条の前当主の愛人と、娘たちらしい。


 お父様が霊力目的で、手当たり次第に女に手を付けて孕ませているのは知っていたけれど、会うのは初めてだ。


 娘二人は私の異母妹ということになる。

 妹たちを理不尽に辱めた白川家を、私は決して許せない。


 隣の牢にも、霊力のない女性たちが囚われていて、ひどいことをされているらしい。


 やがて、若い男が牢にやってきた。


 身なりのよく高身長で、格好をつけた彼は……白川の嫡男・白川慶男だった。隣の朱里さんたちがびくりと震える。


「やあ、透子。相変わらず美しいね」


「ふざけないで……こんな格好に……しておいて」


 私はいまさらながら自分が裸なことが恥ずかしくなった。大嫌いな白川の嫡男にあられもない姿を見られてしまっている。


 ふっと白川慶男は笑った。


「これで君は俺のものだな」


「私は……和樹のものなんだから!」


「祝園寺の無能なんかより、俺の方がずっと君を『有効活用』してあげられるよ」


 そして、白川慶男は私の髪をそっと撫でた。ぞっとする。


「まあ、楽しみは後に取っておこう。そっちの女性陣の二人のうちどちらかを先にいただこうかな」


 彼は、お母様と朱里さんをじろじろと眺めた。二人とも顔を赤らめて、屈辱に耐えている。

 お母様も十分に美人で若く見えるけれど、白川慶男は朱里さんの方を選ぶと思った。うら若き女子大生……しかもおそらく処女を妊娠させる方が優先度は高いだろうから。

 

 けれど、そのとき、お母様が静かに「私を先にしてください」と申し出た。


 意外そうにみんなが目を見開く。

 ふふっとお母様は笑った。


「東三条の女当主の座も失いましたし、白川の家に引き立てていただくことしか、私に未来はないから。ご寵愛いただけば、私にも復権の目があるでしょう?」


「ほう。良い心がけだ」


 この期に及んでも、お母様はそんなことを考えているのかと、私は愕然とする。やっぱり、この人は私たちのことなんて全然考えていない。

 でも、私はお母様が震えているのに気づいた。


「ねえ、ですから、私が孕むまでは、娘たちに手は出さないでくれませんか?」


 もしかして、お母様は私と朱里さんを守ろうとしてくれているんだろうか。お母様の目がちらりと私に向けられて、一瞬、優しくなる。


 白川の嫡男はにやりと笑うと、「同時に孕ませてやるが、まあ、いまはあんたを先にしてやるさ」と言って、お母様の拘束を解き、まるで玩具のように無造作に抱きかかえていった。

 私はぎゅっと目をつぶる。


 誰か助けて……! ううん、和樹はきっと無事で、私たちを助けてくれる。

 そう祈らずにはいられなかった。


 そうして和樹が助けてくれたら、今度こそ、私の初めてを和樹に奪ってもらうんだ。

 もうダメだなんて言わせない。和樹を無理やり押し倒してでも、私は和樹の女の子になるんだから!


 私が生むのは、白川の子供じゃなく、祝園寺和樹の子だ。







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