地獄案内
おれたちは潰れたケンさん食堂の前に座り、モッチーナが持って来てくれてたご飯をみんなで食べた。
地獄に来てから初めてのご飯だ。くくっ、くくっ。
「元気出しなさいよ」
モッチーナが犬に言った。
「今度はちゃんとしたあったかいお店を建て直せばいいでしょ」
犬はモッチーナにもらった『おやき』をぼそぼそと食べながら、ずっとうなだれてる。
励ましてやろうとおれが近づくたびに、小さく「ヒッ」と悲鳴を上げて逃げる。まぁ、嫌われてるならしょうがない。
「ありがとうございます、モッチーナさん」
飼い主がハンバーグを食べながら、言った。
「美味しいです。食べたかったんです、これ。とっても」
「紅茶もありますよ」
どこから取り出すのかモッチーナはポットと紙コップを取り出すと、クククと微笑みながら、飼い主に注いだ。
「どうぞたくさん召し上がれ」
おれは焼いただけの合挽きミンチ肉を行儀よくいただいた。本当はカリカリがいいんだけどな。もっといいのはミルクかチューブ入りの肉チョコ。
「ところでモッチーナさん。教えてください」
飼い主が言った。
「あら。何を?」
モッチーナがなんだか嬉しそうだ。
「ククク、なんでも教えて差し上げてよ? さあ、何がお聞きになりたいの?」
おれ、フェレットだけど、おれでもわかる。
モッチーナは何か色っぽいこととか、自分のこととかを聞いてほしがってる。
でも、飼い主はそんな空気は読めなかった。
「見渡す限り、この地獄というところは寂しいところだ。自分以外の亡者の姿を見ない。ヘルリアーナさんの店にも誰もいなかった。他の人はどこにいるんです?」
モッチーナはがっかりしたように肩を落とすと、答えてくれた。
「地獄は亡者の数だけ、平行世界として存在するのです。つまり、あなたの地獄は、他の亡者の地獄とは違っているんですのよ」
「え」
飼い主がハンバーグを齧った口で言った。
「つまり……、この世界には私とうーたんしか亡者はいない……ということですか?」
「ええ」
「じゃ、ヘルリアーナさんのお店の客は、私だけということ?」
「うちの食堂は平行世界にまたがるように存在しているのですよ」
モッチーナはつまらなそうに答えた。
「私と主人はどの亡者の世界にも存在しております。ですが、他の亡者の世界の私と、ここにいる私は同じではありません」
「複雑だな……」
「別の亡者の世界では今、私はこうしてあなたにお食事をふるまってはおりません。やって来たお客様をぐちゃぐちゃにして捌いているか、暇そうにスマホゲームをしているかでしょう」
おれにはそんな話、どうでもいい。幸せだ、お腹がいっぱいになってきた。ミンチ、食いきれない。おれ、胃が小さいからな。弁当にしてもらおうっと。
「あと……、エンマーさんに聞いておけばよかったんですが……」
飼い主がまた色気のないことをモッチーナに聞く。
「善行ポイントって、どれぐらい貯めたら天国に行けるのでしょう?」
「私にはわかりませんわ」
モッチーナはちょっと嫌そうに答えた。
「それにしても……カイヌシ様はそんなに天国にお行きになりたいの?」
「現世に帰りたいとは思いません」
飼い主が正直に告白する。
「ろくなことがなかったですからね。……彼女いない歴42年ですし」
「まあ!」
モッチーナがようやく笑った。
「ところで、なぜここで一生暮らしたいとは思いませんの?」
自分と一緒に暮らしてほしい、という気持ちがみえみえだ。でも飼い主はちっとも気づかずに、笑い飛ばすように、心ない答えを返す。
「地獄なんかで暮らしたいとは思いませんよ。ハッハッハ」
モッチーナに殺気が漂った。
「ところでモッチーナさん」
飼い主がうまくその殺気を消した。危ない。モッチーナは特大の超巨大包丁を取り出そうとしていたぞ。
「よろしければ、私と一緒に来てはもらえませんか」
「まあ!」
モッチーナの顔が喜びに満ちた。ちょっとキモい。
「それはつまり、私と結婚してくださるということ?」
「え……。いえ、そういうことでは……。そんな……」
飼い主の顔が真っ赤になった。結構好みのタイプなのか、モッチーナが?
「地獄の案内をしてほしいのです。よろしかったら、ですが」
「もちろん、いたしますわ!」
モッチーナの顔が、裂けるぐらいに笑った。
「ぜひ! ぜひ! 案内させてください!」
「よかった」
飼い主がちょっと引き気味に笑う。
「では、これをいただいたら出発しましょう。……っていうか、お店のほうはいいんですか?」
「どうせお客様はあなた1人ですもの。おい、犬コロ!」
急に口調を変えて犬に言った。
「おまえも来るんだよ。どうせ店、潰れてんだろ。カイヌシ様に案内の手伝いをおし!」
「いいですけど……」
肩を落とした犬が、おれのほうをチラリと見ながら、言った。
「それを近づけないでくださいね」
嫌われるってのは居心地の悪いもんだ。
おれはこんなに好きだっていうのに。
「では、出発しましょうか」
ハンバーグを食べ終わり、どこにあったのかタバコを一服すると、飼い主が立ち上がった。
「待てにゃあ!」
突然、背後から声がした。聞き覚えのある声と喋り方だ。
でも前に聞いた時より小さい。迫力もない。っていうか、かわいい。
振り返ると、そこに小さい人間の女が立っていた。
公園でよくおれと遊んでくれた小学生の女の子みたいな小ささだ。
「君は?」
不思議そうに飼い主が聞く。
「わからんのかにゃ!」
巨大黒猫もとい小さな人間の女が、ツッコむように言った。
「モッチーナの主人にゃ! でもこの姿の時はヘルリアーナではなく、『へるたん』と呼ぶにゃあ!」
「へ……、へるたん」
「あたしも連れて行くにゃあ! 絶対に役に立つぜよ!」