オーナーは犬
おれは猫も好きだが、犬も大好きだ。
散歩中によく犬に出会うけど、会ったら必ず挨拶する。
鼻と鼻を合わせてくんくんし合って、もっとおれがくんくんしようとすると、犬のほうがなぜか怖がる目をして後ずさる。
飼い主がリードを引っ張って止めなかったらどこまでもくんくんしたい。
「お願いです。潰すのはやめてください。あなた方はヤクザなんですか?」
犬が飼い主を責めるように言った。
おれは犬の足元に駆け寄ってくんくんしようとしたが、こいつ人間みたいに立ってる。届かない。
「これは食堂じゃないでしょう」
飼い主も犬を責める目をして言った。
「入った者をグチャグチャにするための店だ。こんなものはこの世にないほうがいい」
「なぜ私の店だけ? そちらのもち肌の女性の勤めているお店も似たようなもんでしょう?」
犬が横目でモッチーナを睨んだ。
「私の店はお客様を引きずり込み、剣山でミンチにして、2階の部屋でハンバーグにしてお出ししているんです。あの凶暴な猫の店と何が違うというのか」
「たっ……、確かに」
飼い主がたじろいだ。
「あんたの店は非人間的なのよ。クククッ」
モッチーナも犬を睨み返す。
「私どもの店はぬくもりを大切にしているの。あたたかい血を切り裂いてこのもち肌に浴びることで、お客様にも心のこもったお料理を提供することができるのよ」
おれはビクッとして一歩後ろに歩いてしまった。
「お客様を食材とする店ということでは同じじゃないか」
犬が吠えるように言った。
「だから温度が違うのよ。あんたの店は冷たいのよ」
モッチーナが巨大な包丁を肩でトントンしながら言った。
どうでもいいので、おれは犬の着ている白いタキシードに登りはじめた。ズボンの生地に爪を立てて、うんしょよいしょと一歩ずつ。
おれは登るのは大得意だ。結構速いぞ。登ったら降りられなくなるけどな。
「きゃっ!?」
犬がようやくおれのほうを見てくれた。
「なっ……、何、これ!?」
目が怯えてる。女の子みたいな甲高い声を出して、まん丸い目が怯えてる。
「こらっ、うーたん! やめなさい!」
止めるな、飼い主。犬に会ったらおれはくんくんし合わずにおられないのだ。くくっ。
「とってえ!」
犬が固まって泣き叫ぶ。
「これ、とってえ!」
飼い主が後ろからおれの首根っこを掴んだ。これされるとおれ、力が抜ける。なんでか知らないけど大あくびが出てしまう。
犬がおれのあくびで大きく開いたピンク色の口の中をまじまじと見ながら、飼い主に言った。
「しゅごい! そんなサメみたいに恐ろしい動物を片手で……。あなた、しゅごい!」
誰がサメだ。そんなの口の中だけだろ。
「すみませんでした」
飼い主が謝った。
「これは私の相棒のうーたん。決して凶暴なサメではありません。躾けてあるので」
「し……、躾けてなかったらどんななんですか?」
「フェレットは雑食の犬や猫と違い、完全な肉食獣です。ライオンに喧嘩を売ったという例もある通り、とても凶暴です。躾けられていないフェレットはその鋭い牙で成人男性の指をも簡単に食いちぎったりしますので、ご注意を」
飼い主が怖いこと言った。大丈夫だって。おれ、躾けられてるから、人間に会ったらペロペロするだけだ。
でも犬は飼い主の言葉を聞くと震え上がった。ズボンのお尻から出たしっぽを股のあいだに挟み込んだ。怖がってる。おれ、くんくんし合いたいだけなのに。
「この子は大丈夫ですよ。ほら」
そう言って飼い主がおれの口に手を入れた。
「躾けてありますから」
おれは飼い主の手をガジガジ甘噛みしながら、言った。
「そろそろ降ろせー。あくびが止まらないだろー」
「しゅごい……」
犬が崇拝するように言った。
「あなたはしゅごい! そんな凶暴な動物を手懐けるなんて! よく知らないがテイマーというやつですか?」
「私もよく知りませんが、そうなのでしょう」
飼い主がうなずいた。
「私はフェレットテイマー」
「お名前は?」
「カイヌシでいいです」
「どうでもいいから、早く潰しますよっ。ほらっ!」
モッチーナは超巨大包丁をどこかから取り出すと、ケンさん食堂めがけて振り下ろした。
ガッチャーン!
ドッシャーン!
バッゴーン!
「ああっ……!」
犬が頭を抱えて、泣いた。
「私の店が……! 私の店が……!」
「こうなっては仕方がない」
飼い主が背中の大剣を再び抜いた。
「手伝いましょう」
ガッチャーン!
ドッシャーン!
バッゴーン!
おれも手伝った。江戸時代の火消しみたいに、まといを持ってるつもりで踊りまくった。
フレーッ! フレーッ!
「ああ……」
跡形もなくなった店を前に、犬が座り込んだ。
「また……建て直さなくっちゃ……」
「元気出せよ」
おれはようやく座り込んでくれた犬の鼻に鼻を合わせると、くんくんした。
空からエンマーの声が降って来た。
『善行ポイント、50』