『ケンさん食堂』
「よーし入ってみようぜ」
おれは自慢の短い足で駆け出した。
「待てっ! うーたん、1人で行くなっ!」
だーかーらー『待て』の躾けはされてないってば。おれ、今、気持ちはカリカリへまっしぐらだ。
おれが入口の自動ドアの前に立つと、黒いガラス扉が、開かなかった。
ばかにするな。
これでも体重1.5kgもあるんだぞ。開けや。えいっ! えいっ!
ウイーン
やった! 開いた!
「カリカリください」
そう言ったおれをめがけて、開いた扉の中から鉄の手が出て来て、素早く掴んだ。
「きゃんっ!?」
滅多に鳴き声出さないおれが叫んでしまった。っていうか、何、これ!
「うーたん!?」
飼い主がおれを助けに走って来る。足が遅い。
鉄の手がおれを握る力が強すぎる。おれの胸の部分をガッチリ握ってる。おれ、保定されたみたいに動けない。
店の中が見えてゾッとした。おれ、もうだめだ。赤々と燃えたぎる店内は、なんか金や銀の針の山でいっぱいだった。それがパソコンのプリンターみたいにシャカシャカ動いてて、どこに投げ込まれてもあれに針穴だらけにされそう。
「助けてくれ!!!」
叫んだけど、人は誰もいない。
おれ、死んだ。
いや、だから、死んだらナレーションできないってば。
気がついたら飼い主の胸の中にいた。大剣を抜いていた。鉄の手が斬られてる。それを剥がしてくれながら、飼い主が言った。
「大丈夫か、うーたん!」
おれは叫んだ。
「飼い主ーー! 後ろ! 後ろ!」
「ムッ!?」
振り向いてくれた。
後ろから襲いかかって来てた巨大な鎌を『伏せ』でかわす。鎌は上から鎖に繋がれてて、針山の中に勝手に突っ込んで行くと、自滅した。
「何が『ケンさん』だ」
飼い主が店内をぼー然と見つめながら、憎々しげに呟いた。
「剣山の間違いだろ。針山地獄だ」
こんなところでいつまでもぼー然としていると危ないぞ、とおれが思っていると、いきなり目の前にまたあの鉄の手が現れた。アホな飼い主に注意すべきだった。
「うわあ!」
飼い主が情けない悲鳴を上げた。
飼い主の胸をがっしり掴んだ鉄の手が凄い力で中へ引っ張り込む。
「飼い主ィィ!!」
カンガルーポケットの中でおれは叫んだ。
「うーたん! お前だけでも助かってくれ!」
そう言うと飼い主がおれを引っこ抜き、出口のほうへ思い切り、投げた。
「いやだ!!!」
おれは叫んだ。
「死ぬな! 飼い主!!!」
でもおれは空中を飛んでいる。短い手を伸ばしても届かない。飼い主は火と針の山の中へ、鉄の手に引っ張り込まれて行く。
おれの背中が柔らかいものに当たった。
この餅のような柔らかさは……! と思って見上げると、もっちもちの白い女の顔があった。
「モッチーナ!」
おれは叫んだ。
「頼む! 飼い主を……飼い主を!」
「クククッ!」
モッチーナは笑うと、どこから取り出したのか、変な形の包丁を振りかざした。柄がなくて、『く』の字みたいな形してる。
「えいっ!」
モッチーナがそれを投げた。すげー力で。それは飼い主をさらった鉄の手をブッタ切ると、向こうへ飛んで行って、戻って来た。
くるくる回りながら戻って来た包丁が、飼い主に襲いかかる。
「ぐふっ!」
飼い主の金ピカ鎧にぶつかると包丁がカチーン!と音を立てた。そのまま飼い主と一緒にくるくる回りながら戻って来る。
「飼い主!」
おれは駆け寄った。
「大丈夫だ」
無傷だった。すげー、飼い主。すげー。
「ククク……」
モッチーナが見下ろして笑ってる。すげー。この女もすげー。
「モッチーナさん」
ようやく飼い主が女に気づいた。
「助けてくれたのですね? ありがとうございます」
「ククククク」
モッチーナが笑うとキモい。
「カイヌシさま、ご無事で何より。ヘルリアーナさまからのご命令で手伝いに参りました。ご一緒にこの店をブッ潰しましょう」
飼い主が何も答えずに『ケンさん食堂』のほうを見た。
「思われていたような店とは違いましたでしょう? ここは無人の『人食い食堂』でございます。きっとこの店を直にご覧になれば、貴方も潰したくなるものと確信し、ヘルリアーナさまは貴方を行かせたのでございます」
「私がこの店を探すだろうと、ヘルリアーナさんはわかっておられたのですか」
「それはもう」
モッチーナがまた笑う。
「貴方は我が主人の掌の上でございますよ。クククククッ」
飼い主は少し考えたけど、立ち上がると、言った。
「よし、潰しましょう」
大剣を背中から抜く。
「こんな店なら私も潰すことに賛成だ。一緒に跡形もなく粉々にしてやりましょう」
「それでこそ私が認めた殿方でございます。クッ、クククッ!」
どうでもいいけどその笑い方、なんなんだ。気持ちが悪いぞ。
「なぜそんな笑い方をなさるのですか」
飼い主が用心しながら聞いてくれた、聞きにくいことを。
「何かよからぬ企みをされているような気がして、気になってしまいます」
「すみません」
モッチーナが深々と謝った。
「私、笑い方がキモいとよく言われるのでございます。でも、これが、私の笑い方なのでございます」
なるほど。個性的な笑い方するやつ、たまにいるもんな。
おれは納得した。納得したら安心して、声が出てしまった。くっ、くっ、くくっ。
「すみませんでした」
飼い主も、他人の個性的なところを突っ込んでしまって申し訳ない気持ちになってしまったのか、深々と謝った。
「では、ご一緒に、ブッ潰すとしましょう」
大剣を振り上げた飼い主を、後ろから男の声が、叫んで止めた。
「ま、待ってくれ!」
振り向くと、そこに白いスーツを身に纏った、白い雑種の犬がいた。人間みたいに二本足でまっすぐ立ってる。そいつが、喋った。
「つ、潰さないでくれ!」
「あなたは誰です?」
飼い主が聞いた。
「私は犬さん」
犬は、言った。
「この店のオーナーです」