飼い主 vs シシリー・ヒトリ
「うーたんが無事で本当によかった」
そう言ってシシリーが兄さんを散歩させるようにリードで繋ぎ、にこっと笑う。
ただのタヌキ柄のフェレットになった兄さんに、おれは飛びかかった。プロレスごっこだ。
「たあー!」
兄さんもおれに首の後ろをとられまいと、ころこと逃げ回る。
「とおー!」
「よかった……! ありがとう、シシリーさん」
飼い主がシシリーに頭を下げてる。
「これが最高の結末だったんだ。うーたんとあっくんが仲良くなって……」
シシリーが細身の剣を横に振った。
ピウ!
風を斬るような音とともに、飼い主の黄金色の鎧が、斬れた。
ゴトンと音を立てて破片が床に落ちる。
「な……、何を? シシリーさん」
飼い主がうろたえてる。
「なぜ私を攻撃してくるんですか!?」
シシリーが剣を3回振りながら、言う。
「あなたを殺せばうーたんもあっくんも、私のもの! 私、うーたんにもあっくんにも恋してしまったのよ!」
なるほど。恋は人を狂わせるっていうもんな。
確かにシシリーの目つきがおかしかった。イかれてる。
おれは兄さんと夢中で遊んでいた。フェレット同士で遊ぶのなんて、赤ちゃんの時以来だから、楽しい、楽しい。
「兄さんの首の後ろを噛んでやる! がおー!」
「噛まれてたまるか! 僕がおまえのを噛むんだ!」
「アハハ」
「ウフフ」
「きゃっ、きゃっ」
「待てぇ〜」
「シシリーさん……、待てっ!」
飼い主はオロオロしてる。
「私は貴女と闘う気はないっ!」
「私には大アリだわ」
シシリーは細身の剣をピウピウ振り回してる。
「あなたを倒せば可愛いうーたんとあっくんが手に入るのだもの」
「うーたんもあっくんも物じゃない! 私を殺したりしたら、きっとふたりとも……」
「あら。物よ。そうでしょ?」
シシリーが真顔で言った。
「だって動物でしょ? 『動』く『物』だわ」
「……なんだって?」
飼い主が怒ってくれた。
「もう一度言ってみろ!」
「あら怖い」
シシリーが攻撃しながら笑う。
「動物でしょ。動く、物。二匹とも私の物にす……」
がしっ! と、飼い主がシシリーの剣を持つ手を、握った。
そして、怖い顔で、言った。
「うーたんも、あっくんも、物じゃない! ふたりとも心を持ってるんだ!」
シシリーがびっくりしたような顔で、飼い主の顔を見つめた。飼い主がさらに言う。シシリーの顔に唾を飛ばしながら、
「痛い目にあえば泣くし、遊び相手を見つければ喜ぶし……、何より大好きな人をなくせば悲しむんだ! ふたりを馬鹿にするなっ!」
シシリーの頬が紅くなった。なんだ、これ……。
「私を殺せば、きっとうーたんもあっくんも悲しむ! 君は彼らを悲しませたいのか!? そんなことをする人間に、俺はふたりを任せられない!」
シシリー(アニメ風美少女)がぽーっと夢見てるみたいに飼い主(42歳オッサン)の顔を見つめてる。何が起きてるんだ、これ……。
「ふたりに謝れ! 謝ってくれ!」
飼い主が怒鳴るようにそう言うと、シシリーの身体から力が抜けた。
ぺたんと床に崩れ落ちると、おれと兄さんのほうを向いて、頭を下げた。そして、言う。
「ね……。一緒に暮らそう。あっくん、うーたん」
「まだ……そんな……!?」
飼い主が叫ぶ。
「私と、あっくんと、うーたんと……」
シシリーがはっきりと言った。
「それとカイヌシさんと、4人で。あたし……暮らしたいなあっ」
「ええっ!?」
飼い主の口がアホみたいに開いた。
「そ、それって……!?」
「ひゅーひゅー」
おれは言ってやった。
「シシリーは、おまえと結婚したいみたいだぞ」
「なんだって!?」
兄さんが言った。
「それは……いいな。僕も彼女のことは好きだ」
飼い主の顔が真っ赤になった。
口をただパクパクさせて、何も言えなくなってる。
「ところで兄さん」
おれは兄さんともつれ合いながら、言った。
「おれのことは嫌いか? やっぱり?」
「嫌いだ」
兄さんが答えた。
「飼い主が僕の代わりに愛してるおまえなんか、嫌いだ」
「そうか……」
おれはショックで両手で顔を洗った。
「でも、知らなかったよ」
「何がだ」
おれは両手を顔からどけて、聞いた。
「フェレット同士で遊ぶのって、こんなに面白いんだな」
兄さんがにやっと笑う。
「人間としか遊んだことがなかったからな、僕。おまえと遊ぶのは、それより楽しい。くくっ……」
「きゅっ、クスクスっ」
「クックックックッ、クククッ」
「きゃはは!」
「ふふふ!」
おれと兄さんが顔を見合わせながら笑ってると、空からエンマーの声が降ってきた。
『うーたん、善行ポイント1,800』




