支払うもの
「支払うもの?」
飼い主は初めて入るラーメン屋でオロオロするように言った。
「何を支払えば?」
「あんたバカなの?」
女が言った。
「支払うといえば、お金に決まっているでしょう」
「ふ、普通なんだな。地獄だからもっと、支払うものは魂とかかと……」
「なんでもいい!」
おれは目を吊り上げて、怒った。
「カリカリ食わせろよ」
飼い主はパジャマのポケットを上から下まで確認した。で、言った。
「無一文ですが……」
「まあ、いいわ」
「えっ?」
「あんた、強いから。私が奢ってあげます。どうぞ、中へ」
やった!
飯が食えるぞ!
店の中へ入ると、おれは早速探検を開始した。穴や隙間があれば見つけて入り、上のほうに気になるものを見つけたら意地でも登る。どっこも木で出来てるから、オリエンテーリングみたいで楽しい。
「こらっ、うーたん! 大人しくしときなさい」
飼い主が言うが、聞くわけないだろ。おれが自由を愛すること、知ってるはずだろ。
「いいお店ですね」
飼い主が、おれを捕まえるのを諦めて、女に言った。
「あなたがご主人のヘルリアーナさんですか?」
「私はただの従業員で、モッチーナと申します」
うわ。似合う名前! もっちもち! もっちもち!
「丸テーブルが6席に、カウンター席も結構多いな。満席になれば結構賑わうでしょうね」
おれは木の床をざざーとスライディングして遊ぶと、催促した。
「もう探検し終わったぞ。楽しかった。カリカリくれ」
「うーたん、全身煤けたように真っ黒だぞ。今日はシャンプーだな」
「やれるもんならやってみろ。地獄にあの恐ろしいシャワーとかいうしろものがあるとでもいうのか?」
「ありますよ」
モッチーナがあっさり言った。
「溶岩シャワー地獄です。本物のマグマの熱さを体験できますよ」
絶対いやだ。
「ところでご主人のヘルリアーナさんは?」
「クッ……」
モッチーナが無表情のまま笑った。
「じきにお見えになりますよ。それより、お客様のあの金色の鎧は、どこで身に着けられた力なのですか?」
「わかりません」
飼い主が答えた。
「今日、初めて発動したんです」
「そうですか。……ククッ」
「くくくっ」
おれは乗せられた。
「くっ、くくっ、くくくくくっ」
フェレットは楽しくなったり嬉しくなったりすると、このニワトリみたいな声が出てしまうのだ。
フェレットの感情を知る一番の方法だから覚えておいてくれよな。
「では、ハンバーグでよろしいですか?」
モッチーナがおれを無視して飼い主に聞いた。
「食べられれば何でもありがたいです。うーたんには調味料、タマネギ、調理なしでお願いします」
つまり挽肉のままか。そりゃないだろ。
しばらくして調理場から出て来たモッチーナがお皿を2つ、丸テーブルの上に置いた。
「どうぞ、合挽き肉のハンバーグでございます。こちらは珍獣用に挽肉をカリカリに焼いただけのもの」
うわーい!
いただきますは言わないぜ!
「待てっ! うーたん」
飼い主が止めるが、おれ、そんな躾はされてない。
おれは夢中でカリカリにかぶりついた。へんな味。でも、食える。
「念のため聞きますが……」
飼い主がモッチーナに聞く。
「これ、人間の肉は入っていないですよね?」
「ククククク。はい、間違いなく入っておりませんよ」
「では、なぜ、笑うんです?」
おれは飼い主を安心させるために、言った。
「だいじょーぶ。これ、間違いなくアレだ」
「何肉なんだ? うーたん」
「畑のお肉、大豆さんだ」
「なんだって!?」
飼い主がおれの皿を取り上げた。何をする。
「フェレットに食物繊維は毒だ! 貴様、知ってて出しやがったな!?」
「クククククッ!」
モッチーナが楽しそうに笑う。そして済まなさそうに謝った。
「ごめんなさい。知らなかったのです。珍獣さんにはヘルシーなもののほうがおよろしいかと……」
「こんなもの食べたら消化不良で激しく下痢してしまうんだぞっ!」
飼い主がぷんぷん怒っている。
「おまえは細長い体をしているから胃腸も細長い。下手をすれば消化できなかった繊維質で腸が詰まってしまって大変なことになるんだ!」
「どーでもいいよ! 食わせろよ! 腹ペコペコなんだよ!」
「だめだっ! おまえの体を気遣って、色々食べるものには気をつけていたんだぞ、お父さんは!」
「どーでもいい! あと、おまえ、『飼い主』なのか『お父さん』なのかはっきりしろ! ペットは一つしか覚えられないんだぞ!」
「お父さんだ!」
飼い主がお父さんが……うううよくわからない。
「いいか? うーたん。俺はおまえのことを息子だと思っている。だから心配なんだ。特にフェレットは食べさせてはいけないものが多く、またおまえはそのくせ何でも食べてしまうから、俺が気をつけてやらないと駄目なんだよ」
「じゃ、何を食べれば? おれ、食べられるものの少なそうなここで、飢え死にすればいい?」
「させない!」
飼い主お父さんはそう言うと、モッチーナを振り返った。
「すみません。お聞きしますが、この世界に猫はいますか?」
いや……。猫が何の関係あるんだよ。
おれは猫も犬も好きだけどな。一緒に遊ぶと面白い。
くくっ。