パスバ・レイ vs シシリー・ヒトリ
「鬼戦士パスバ・レイ!」
シシリーが銀色の長い髪を揺らし、離れたとこから剣を兄さんに突きつける。
「踏みつけているその足をどけなさい! うーたんは私のものよ!」
「……キミは?」
鬼の姿をした兄さんが、居間から玄関を見つめて言った。
「かわいいひとだね。誰?」
「えっ……」
シシリーは一瞬照れて頬を手で覆った。
「わっ……! 私は世界を管理する『戦士マシャーン』の一人、シシリー・ヒトリだ!」
いいぞ、シシリー。よく立ち直った。
よかった。褒め殺しにされなくて。
「マシャーンか……。エンマーの次に強いとか言われてる、いわば地獄の警察官みたいなものだね」
「わかったらその足をどけて、うーたんを解放しなさい」
飼い主のほうを見た。
「それからそこの檻の中に閉じ込めているおじさんも」
「飼い主は僕のものだ」
兄さんの顔に鬼気迫る表情が浮かんだ。そりゃ鬼だもんな。
「僕からカレを奪い取ろうとするやつは、たとえ完全武装した婦人警官さんでも……殺す」
「殺してみなさい」
シシリーが玄関から靴も脱がずに突進してきた。
「殺せるものならね!」
ぴゅう! と風切り音をあげて、シシリーの細身の剣が横から兄さんを襲う。
兄さんは抜いていた大剣でそれを受けた。くくくっ……。知らないんだな、シシリーの剣は剣をも斬れるんだぞ。
キイン!
斬れなかった。ふたりの剣が甲高い音を立てて、それを至近距離で聞いたおれは頭が痛くなった。
「さすが鬼戦士ね」
シシリーが弾かれた力を利用してぐるんと剣を回し、今度は下から斬りかかる。
兄さんがおれを踏んでる足を踏ん張って、上から剣を振り下ろす。いてて……!
ガイィンっ!
その音やめろ。フェレットは耳が聞こえすぎるんだ。頭が痛い、痛い……。
シシリーがうずくまるみたいによろけた隙に、兄さんが剣の先をおれのちっちゃい頭に向けた。そして脅す。
「コイツを刺すぞ。剣を捨てろ」
するるーっと、おれは兄さんの足の下から逃げた。
「あっ!?」
兄さんが驚く。
「戦闘中にどこを見てるの?」
シシリーが兄さんとの間合いを素早く詰めた。
「くっ……!」
ギャリィーンっ!
また甲高い音が響いた。勘弁してくれ。
でもおれ、自由になってるから両手で耳塞げるぞ。よかった。
「うーたん! 早くカイヌシさんを……!」
わかった。でもなんでおれ、兄さんの足から抜け出せたんだ?
「下から僕の上段斬りを弾くことで、足を浮かせたんだね? さすがだ」
兄さんがそう言ったけど、おれ、わからん。まぁ、そんなことはどうでもいい! 早く飼い主を助け出さなきゃ!
「あなたも至近距離から咄嗟に手甲で剣を受けるなんて、さすがね」
シシリーが兄さんを褒めた。いやぁ、それほどでも……なんてったっておれの兄さんだからな。エッヘン。
おれがバカでっかいケージに近づくと、檻を挟んで飼い主と見つめ合う形になった。
「うーたん。よかった、また会えて……」
「今、助けるぞ、飼い主! ここを出たらミルクをくれ」
ケージの開け方は知ってる。上から刺さってる金具を抜けば……
ガッチャーン! と、後ろでまたでかい音がしたので、おれは飛び上がった。
それどころじゃない。キンキンキンキンって、うるさい剣戟の音がうるさい! やめろ、それ! 動けないだろ!
こうなったら仕方がない。あいつらの闘いが終わるまで両手で耳を塞いでいよう。
もちろん、シシリーが勝つことを信じてだ。




