黄金カイヌシ
「聞くが……」
飼い主は女に聞いた。
「この店は基本的には客を食材にするようだが、食事をする側の客もいるんだな?」
早く攻撃してしまえばいいのに。背中に大きな剣も生えてるってのに。こわいものは襲われる前に前足で抑えつけて動きを封じろよ。あるいは後ろ向きに素早く逃げろ。
「もちろん食事をしていただくお客様というのは基本的に、鬼よ」
女は鬼みたいな顔して言った。
「お前は……あなたは……もしかして、鬼?」
「飼い主が鬼なわけないだろ」
おれは女に言ってやった。
「優しいんだぞ。なんにもできないヘッポコが鬼なわけないだろ」
「こんな時に悪口を言うな」
邪魔がるように飼い主にポケットの奥に突っ込まれた。むぎゅ。
「鬼……ではないの? では、その黄金の立派な鎧は……何?」
「俺は人間を食わない」
飼い主が言った。
「人間以外の食材を使った食べ物は、ここにはないのか?」
「そうだー! カリカリ食わせ……むぎゅ!」
飼い主が乱暴だ。あとで嫌がらせに布団の上でうんちしてやる。
「牛も、豚も、野菜もあるわよ」
「それを食べる側に回る条件は、何だ? 鬼であることか?」
「鬼はそれらを召し上がらないわ。人間の亡者専用よ」
「ならば、条件は?」
「自分で考えることね」
そう言うなり女が包丁振り上げて飛びかかって来た。頑張れ、飼い主!
飼い主が背中の大剣を抜いた。ピカーッと白く光る。おれは眩しいので、短い手で目を塞いだ。
女の包丁を剣で受けながら、飼い主がたぶんおれに言った。
「どうすれば善行ポイントが貯まるんだ? 人間を食材にして鬼にふるまっているという、この女を倒せば? いや、俺にはなんだかそんな気がしない……」
「そうだぞ、飼い主」
おれは自分に言われていると決めつけて、答えてやった。
「弱肉強食はあたりまえのことだ。人間より鬼のほうが強いなら、鬼が人間を食うのは『わるいこと』ではない」
「賢いことを言うんだな、うーたん」
飼い主に褒められた。
「さすがは俺の愛鼬だ」
「あいゆう、って、何だ?」
「愛するイタチってことだ。まぁ、気にするな」
「珍獣と会話だなんて、余裕でございますわねぇ」
女の包丁の動きが速くなる。白いお餅みたいな顔がもっちもち震えてる。なんか、そそられる。
「俺はあんたを殺さない」
飼い主が言った。
「殺した後、食べるわけじゃないからな」
「じゃ、おれが食べる」
おれは言った。
「え」
「食べるんなら殺せるだろ?」
「いや……」
かっこつけてた飼い主が小さくなった。
「俺、本当は人殺ししたくないだけだから」
「じゃ、おれが殺す」
おれは鎧のポケットから飛び出した。
「ホホホホホ! あんたが、あたしを殺すだって?」
女が大ウケしてる。
「やってごらんなさいよ。負けたほうが食材よ? いいわね?」
「いいぞ」
そう言うとおれは、忘れていた力を解放した。
おれはぐんぐんでっかくなると、真っ白な一つ目の大入道になった。
「は?」
飼い主が目を丸くしておれを見上げる。
「な?」
女もおんなじ表情でおれを見上げた。
2人とも知らないみたいだ。イタチはキツネよりもタヌキよりも人を化かすんだぞ。江戸時代ぐらいまではそういってめっちゃ嫌われてたはずだ。
まあ、おれもなんかここに来るまでは、っていうか今まで忘れてたけどな。
おれは呆気にとられて大入道のまぼろしに見入っている女の隙だらけの喉に飛びかかると、噛みついた。
「あきゃっ!?」
女が声を上げる。
「騙したね!?」
だめだった。
おれ、人間の体は甘噛みしかしちゃいけないって、飼い主から躾けられてたから、口閉じて甘噛みしかできなかった。エヘ、おれって良い子。
「うーたーん!」
褒めねーのかよ、叫ぶだけかよ飼い主。っていうかおれ、今、隙だらけ。
ああ……ドジッた。ペットとして飼い慣らされたイタチの宿命かな。それともヨーロッパ原産だから?
「もらった!」
女が包丁を振り下ろす。
ごめん、飼い主。先に逝く。逝くってどこへだろう。ここ、既に地獄だろ。
ズダン! 包丁が振り下ろされた。おれ、死んだ。
いや、おかしいだろ。死んでたら実況できないだろ。
かわいく顔を上げると、女が苦しんでた。女の肘から先が、ない。切れてる。包丁はおれの目の前で地面に突き刺さってた。
「うーたんを助けるためなら」
飼い主の声がした。
「俺はおまえを殺せる!」
そう叫んだ飼い主の体がピカー!と輝いた。うわっ、まぶしい。まぶしいぞ、飼い主。
その時、空からエンマーのオッサンの陰気な声が響いた。
『善行ポイント、10』
「やったな、飼い主」
おれは笑った。
「全校ポイント10だってよ。それ、多いの? 少ないの? ミルクの量でいったらどれぐらい?」
「殺しなさいまし」
女はガクガク震えながら、なくなった自分の腕を見ながら、悔しそうに言った。
「私の負けでございます」
「いや……、あんたに恨みはない」
飼い主は包丁にくっついてる女の腕を剥がしながら、言った。
「あんたは負けを認めてくれた。もう俺達を狙わないと約束するのなら、これは返そう。今ならまだくっつくはずだ」
「負けた相手をしつこく狙う私ではございません」
「よし。じゃあ、返そう」
腕を切ったところに当てて、しばらくじっとしてると、くっついたみたいだ。すげーな、人間の体って。トカゲみたいだ。
女は本当に大人しくなった。
「その……」
飼い主がパジャマ姿に戻った。こうなるとやっぱり貫禄、ない。
「食事を……させては貰えないだろうか」
女は即答した。
「支払うものはお持ちでいらっしゃいますでしょうか?」