一階層下の地獄へ行ってきまーす
おれとシシリーは亡者共同エレベーターの前に立った。
モッチーナ、犬、4匹のネズミたちが見送ってくれた。
「カイヌシ様をどうかお願いよ、珍獣様」
怖い顔のモッチーナがおれに手を合わせて言う。
「連れ戻して、私と結婚させて」
おれは不思議に思って、口にした。
「モッチーナも来ればいいのに」
「私は他の地獄へは行けないのです」
モッチーナがホラーみたいな顔を曇らせる。
「私はどの地獄にも存在しています。私が行けば、私が二人になってしまい、パラドックスが生じるのです」
「パラ……ドッグ? それ、どんな犬?」
おれがそう言うと、犬がくだらないギャグを憎むように顔をしかめて舌打ちした。
「もし、あちらの地獄の私と私が遭遇すれば、核爆発のようなものを起こすでしょう。……ですので、あちらの世界の私によろしく」
「貴女のように優しい人ならいいですけど……」
シシリーが言った。
「あちらの世界の貴女は私達を知らない。いきなり襲いかかってとか来ないでくださいね」
「私に言われましても……」
モッチーナが嫌そうな顔をした。
「背後から気配を殺しての巨大出刃包丁にお気をつけください、としか……」
「シシリーは大丈夫なのか?」
頭のいいおれは、そのことに気づいて聞いてみた。
「向こうの地獄にもシシリーがいるんじゃないのか? 出会ったら爆発する?」
するとシシリーがおれを安心させるように、にこっと笑う。かわいい。
「私やエンマー様は高次元の存在なの。だからどの並行世界へも自由に行き来できるのよ」
「だからシシリーを紹介したんだ」
デグ太郎とかいうネズミが自慢げに言った。
「キミを一階層下の地獄に案内できるのは、シシリーとエンマー様ぐらいのものなんだよ」
おれは偉そうなネズミを前脚で押さえつけた。ぐりぐりして遊びながら、シシリーにまた聞いた。
「あっちにもエンマーいるのか? おれ、あいつ好きだ」
「エンマー様はどこにでもいらっしゃるわ。ただ、公平なお方だから、私達を助けてはくださらないでしょうけど」
「やめろー、どけー」
ネズミがピーピー文句言ってる。
おれはネズミから脚を離すと、言った。
「うん、わかった。じゃ、急いで行くぞ。カイヌシを取り戻すんだ」
先を走って、オーロラみたいなのがカーテンみたいにかかってるエレベーターの入口に乗り込もうとすると、シシリーに止められた。
「うーたん。入口はそこじゃないよ」
「え? どこから行くんだ?」
シシリーが腰につけてる剣を抜いた。
オーロラみたいな色が、斬れるとこに纏わりついてる。きれい。
それを高く掲げると、地面に突き刺した。
ぼわん!
シシリーが剣を突き立てたとこにトンネルが空いた。
「穴だ!」
おれは夢中でそこに駆け込んだ。穴を見てフェレットがじっとしてられると思うか。
「あっ、ナ……うーたん。先に行かないで!」
とっくに穴に駆け込んでるおれの後ろからシシリーの声が言った。
「じゃ、行ってきます。カイヌシさんは必ず連れ戻します」
「気をつけてね、シシリーさん」
モッチーナの声が聞こえた。
おれはオーロラ色のトンネルの中をすばしっこく移動していた。
っていうか、自分の脚を動かすまでもなく勝手に落ちていくぞ、これ。
あーあーあー……!
落ちて行く! こわい!
がしっとおれの尻尾が誰かに掴まれた。振り向いてみるとシシリーだ。
「さあ、冒険の始まりよ。心の準備はいいですか? フェレットさん」
おれはこわかったのを誤魔化すために、言った。
「おれ、わくわくしてんぞ」




