地獄の鬼戦士、パスバ・レイ
「可愛い前歯をお見せしましょう」
そう言って、飼い主がおれの上唇をめくった。やめろー! それを見られるのは恥ずかしいんだ!
「おほっ」
エンマーが笑った。
「これは可愛い」
「でしょう?」
飼い主も笑った。
「牙はこんなにかっこいいのに、前歯はちっこい臼歯が6本、まるでヤングコーンみたいにみっちり生えてるんですよ」
「牙との大きさが違いすぎますね」
エンマーの声がデレっとしてて、なんか気持ち悪い。
「うふふ。この前歯で甘噛みするんですね? それは痛くないわけだ」
2人でさんざんおれの身体を撫で回し、ようやく放してくれた。……ったく、フェレットは自由が好きなんだぞ。
もっと触ってほしくなって近寄ると、エンマーの姿が椅子に座ったまま消えて行く。
「では、カイヌシさん。重々お気をつけて」
あーん、もっと遊んでほしいのに。消えて行く。
「優しすぎるのを改めてください。パスバ・レイに襲われても、死なないよう、冷酷さを身につけてください。わかりましたね?」
エンマーが消えてしまった。
おれは何もない宙をじーっと見つめた。
これやるといつも『幽霊でも見えるのか?』って飼い主にビビられたけど、こういうことなんだ。わかったか?
「すみませんでした」
たぬきが謝った。
「悪がっただ。もう二度と悪さはしませんよって」
妻も謝った。
「いえいえ、私のほうこそ騙されてしまって」
飼い主も謝った。そういうとこだぞ、飼い主。
たぬき夫婦は帰って行った。
その時、地獄共同エレベーターがまた動く音がした。
ズゴゴゴゴゴ!みたいな凄い大きな音がして、停まる。オーロラ色の光の中から、誰か出てくる!
4匹のちっこいネズミが現れた。
「あっ! あなたは……!」
先頭の茶色いネズミが喋った。おれは駆け出した。
「カイヌシさん……ムグッ!?」
おれはネズミを両手で地面に抑えつけると、悪い肉食獣の笑いを浮かべて、口にぶら下げた。こういう小さい生き物を蹂躪する遊び、大好き。
「やめてー……」
「ピー……」
「ピー……」
弱々しく泣くような声でネズミどもが鳴くので、おれはますます得意になる。
「ダメっ、うーたん」
飼い主にこれを言われるとおれ、いつもすぐにやめる。ネズミを放した。
「たっ……、助けてください!」
ネズミのリーダーが言った。今、助けられたばっかりなのに何言ってるのかわからない。
「鬼に……、鬼に追われているんです! あなたは亡者戦士『マシャーン』なんですよね!?」
「そうらしいですが……。鬼に? 失礼ですがあなたは?」
「僕はデグ太郎という者です! 元は人間だったのですが、地獄に来てデグーマウスに転生しました」
後ろの3匹を紹介する。
「こっちのシルバーカラーの美少女がデグ美、そっちのアグーチカラーのぶさいくな子がおちゃめこ、そこのシルバーパイドのカッコいい男の子がセッコーくんです」
悪い……。みんな同じネズミにしか見えない。
「あっ! 紹介してる暇はない! 来ました! 僕らを追って、地獄の鬼戦士、パスバ・レイが! 来ました! どうか僕らを守ってください!」
「パスバ・レイだって?」
飼い主が声を上げた。
「こんなに早く相まみえるとは……!」
ドキドキした。ワクワクもした。飼い主のライバル登場だ。
どんなやつかな? どんなやつかな? おれはすぐに逃げられる態勢で、そいつがエレベーターの中から現れるのを待った。
デグー達が飼い主の背中に隠れてブルブル震えてる。臆病なやつらめ。
おれもブルブル震えて物陰から見ていると、そいつは姿を現した。おれは目を疑った。
フェレットじゃないか。
エレベーターの中からオーロラ色の光を潜って現れたのは、どう見てもおれの同族だった。
でも色がタヌキみたいで、真っ白なおれと全然違う。お腹も真っ黒だ。おれのはピンク色なのに。
しかも大きさが全然違う。でかい。飼い主と同じぐらいだ。でも頭小さい。
黒い軽そうな鎧に身を包んだそいつは、飼い主のほうをブドウ色の目で睨むと、言った。
「久しぶりじゃないか、カイヌシ」
「おっ……、お前は……」
飼い主の声が震えた。
「あっくん!?」




