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好きだぞ、エンマー

 飼い主の言葉を受けて、空からもう一度エンマーの声が降って来た。


『……小田抜(おたぬき)ぽん、りん夫妻……善行ポイント300獲得。差し引きで現在0ポイント』


 仕方なさそうな言い方だった。


 しばらく空をアホ面で見つめてた夫婦は、手を握り合って喜び合うと、涙を流しながら飼い主の前にひれ伏した。


「カイヌシ様! ありがとうございますぅ!」

「ワリぃこど考えちょった私らに、何と温かいお慈悲のご寄付を……! ありがとうごぜぇますだ!」


「……よかった」

 飼い主がホッとして笑う。

「目の前であなた達が地獄の底へ落ちるのを見るのは耐えられなかった」


「ありがとうございます!」

「ありがとうごぜぇますだ!」

 夫婦が何度もぺこぺこ頭を下げる。


「それにどうせ地獄に100年滞在しなければ天国には行けないのなら、そんなに急ぐ必要はない。またゆっくりと善行ポイントは稼げばいいのだし……」


「あっ。カイヌシ様、それは嘘でございます」


「えっ?」


「すまねぇだ。すまねぇだ」


「本当は三百ぽいんと稼げばすぐに天国には行けます」

 しれっとした顔でぽんが言った。

「さっき、もう少し待ってらっしゃったら、天使様が降りて来て、あなたを抱いて天国へ案内したことでしょう」


「な、なんだってー!?」


「ごめんなさい」

「すまねぇだ」

 夫婦がぺこりと頭を下げた。


 飼い主ががっくりと肩を落とした。ははは、そういう情けないポーズ似合ってるぞ。


「だから相手にしないでと忠告しましたのに」

 モッチーナがそう言ったけど、言葉とは裏腹に、なんか飼い主が天国に行けなかったことが嬉しそうだ。


「ま、まぁ……」

 無理やり元気を振り絞る感じで飼い主が言った。

「あなた方が更に下の地獄に落ちなかったのはよかったことだし、この善行で私も新たにポイントを貰えるかも……」


「カイヌシさん」


 前のほうで急に飼い主を呼ぶ声がした。

 そっちを見ると、オーロラ色に輝く地面の上にいつの間にか赤い椅子が置いてあって、そこにエンマーが座ってた。


「エンマーさん!」

 飼い主が声を上げた。


「何てことをしたんですか。せっかく天国へ行けるところだったのに」

 エンマーは相変わらずの暗い表情と声で言った。おれは駆け出した。


「エンマー、久しぶり! 好きだぞ、エンマー」


 おれがそう言うと、無表情のまま頬を赤らめた。


「私も大好きですよ、うーたん」


 おれがエンマーの膝の上にぴょんと飛び乗ると、大きな手で頭を撫でてくれた。おれ、思わずご機嫌な声が出てしまう。くくっ、きゅっ、きゅっ。


「カイヌシさん、あなたは優しすぎる。優しいのは善いことだが、すぎるのは善くない」

 エンマーがおれのゴロンしたお腹を優しく撫でてくれながら、言った。

「もっとしたたかになってください。他人を蹴落としてでも上へ昇ろうとするぐらいでなければ、この地獄では嫌なやつらにつけこまれるだけですよ」


「あ……はい。それが出来れば現世でももうちょっとまともな人生が送れていたと思います」

 飼い主は頭をぽりぽりと掻いた。

「騙されて、300万の壷を買わされたことも、ありましたし……」


「素敵……!」

 モッチーナが恋する瞳を赫かせた。


「私は早くあなた方に天国へ行ってほしいのです」

 エンマーはおれの肉球をぷにぷにしながら言った。

「……私は公平であるべき地獄の長官であり裁判官なのに、今のままでは公平が保てない」


「と……いうと?」

 飼い主が聞いた。


「私はうーたんに恋をしてしまったのです」

 エンマーがおれと見つめ合いながら、告白した。

「うーたんのことばかり考えてしまうのです。私のものに出来ないのなら、早く私の目の届かないところで幸せになってほしい」


 おれはにっこり笑って言ってやった。

「おれもエンマーに恋してるぞ」


 エンマーの顔がとろけて笑った。

「その言葉だけで生きて行ける」


「エンマーさんのペットになるか? うーたん。おまえがいいなら……」


「おい!」

 おれは思わず怒鳴った。

「おまえ、おれのこといらないのかよ!? おれ、エンマー好きだけど、おれの飼い主はおまえだけだぞ!」


「カイヌシさん、また心にもないことを言いましたね? 今のも私とうーたんを気遣っての優しさのつもりですか?」

 エンマーが暗い目で飼い主を睨んだ。

「忠告しておきましょう。カイヌシさん、そんな甘いことでは、あなた……」


 おれのお腹から離した手で、びしりと指さした。


「死にますよ?」


「ハハ……」

 飼い主がタジタジした。

「き、気をつけます……」


「とりあえず、私が今、うーたんのお腹を爪で裂こうとしたら……」

 エンマーの長い爪がおれのお腹に触れた。冷たくて気持ちいい。

「あなた、私を殺せますか?」


「じょ、冗談ですよね?」

 飼い主が笑う。


 エンマーが長い爪をおれに向けて、思いきり腕を振り上げた。おれは身体をくねくねさせて待ち構える。ここから襲って来るてのひらに抱きついて甘噛みするの、飼い主とよくやる遊びだ。


「やめろ!」

 飼い主がなんか本気で叫んでる。


「……いい殺気です」

 エンマーが言った。

「これを本当に振り下ろしていたら、私の腕は斬られてましたね」


 よくわからんけどエンマーの手がまた戻って来て、おれの顔を優しく包んだ。短い両腕で抱き付いて甘噛みしてやった。


「パスバ・レイがもし襲って来ても、勝てるようでいてください」


「パスバ・レイ?」


「鬼の剣士です。とても強い。恐らくあなたは出会い、剣を交えることになるでしょう……。おや?」

 エンマーがおれのお腹に何か見つけた。

「かわいい。こんなお腹のど真ん中にヘソがあるんですね。かわいいデベソだ」


「あっ。それ、ヘソじゃないんです」


「え? これがヘソじゃない?」

 エンマーがおれのおちんちんを指先でツンツンしながら言った。

「どう見てもヘソに見えるが……では、これは何です?」


 飼い主とおれは声を揃えて答えた。

「「おちんちんです」」


「これが!?」

 エンマーが意外そうにアハッと笑った。

「これがおちんちん!?」


 まあ、他の動物はもっと下についてて、もっと出っ張ってるのは知ってる。でも、見た目のさりげなさでは動物界屈指のおちんちんだと思うぞ。自慢だ。


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