腹減った
「なー、飼い主」
「ん、どうした? うーたん」
「腹減ったよな? 死んだ時は何もいらない感じだったのに」
「地獄だからな。辛いことはちゃんと辛く感じるようになっているんだろう」
「とにかく善行ポイントを貯めてください」
エンマーのオッサンが陰気な声を出した。
「善行ポイントが必要量貯まれば天国へ行けます。何をすれば善行ポイントが貯まるのかは自分で見つけるように。では、行ってらっしゃい」
「あの」
飼い主がエンマーに聞いた。
「ご飯は……どこへ行けば食べられますか?」
「ヘルリアーナの食堂へ行ってみなさい。もしかしたら食べさせてもらえるかもしれません」
「も……、もしかしたら……?」
「行けばわかりますよ」
「そ、それでその食堂は、どちらに?」
エンマーが何も言わずに1つの方向を指差した。あっちだそうだ。行こうぜ、飼い主。腹減った。
「じゃあ……、行って来ます」
「お気をつけて」
「なー、飼い主。あのエンマーっての、いいやつだな。スキンシップもちゃんとしてくれたし」
おれ達は『サップーケー』で歩きにくいデコボコの上を歩きながら、喋った。
「どうだろうな。目つきがあまりにも暗いし、牙が生えていた。それにあの服装はどう見ても裁判官だ。裁判官というものは公平だが……」
「よくわからんけど、いいやつだよな」
「まぁ、おまえが好きになったなら、それでいいよ。ところでうーたん、食堂の場所、匂いでわかるか?」
「わかるわけないだろ」
「なんだよ。おまえ、いっつも俺のバッグの中に食べ物入ってたら意地でも開けるくせに」
「あれは得意技なだけだ」
「まぁ、おまえは鼻で探してくれ。俺は目で探すから」
「おれの鼻を舐めんなよ。おまえが引き出しの中に隠してたオヤツ見つけて食い荒らしたことあっただろ」
「あれはムカついた」
「おっ」
おれは二本足で立ち上がり、長い体を伸ばした。
「いい匂いがあっちからするぞ」
ぷ〜んとミルクとササミを合わせたようないい匂いが漂って来てる。駆け出したおれに飼い主もついて来た。おれの足が速いもんだから必死だ。くくっ。
「何も見えないぞ」
飼い主が人間得意の目で探してキョロキョロする。
「見渡す限り瓦礫の山だ」
「目なんかで見ようとするからいけねーんだよ。鼻と耳でしっかり見ろ」
「そ、そんなこと言われたって……」
「ほら! あそこだ! 飯の匂いがする!」
おれは笑いながら地面に空いてた穴の中へ飛び込んだ。穴があれば潜ってしまうのがイタチだが、この穴は普通の穴じゃない。ご飯に通じる穴だ、間違いない。ぷんぷんする。
背後で飼い主の声が遠ざかった。
「うーたん! 一人で行くな!」
すぐに穴を抜けた。近くで、おれの正面で人間の女の声がした。
「いらっしゃいませ」
上を見ると、ちょっとお餅みたいな肌をした、長い髪の女が、嫌そうな目つきでおれを見下ろしていた。
「ヘルリアーナの食堂へようこそ」
空がなんかゴロゴロいっててピカピカ光ってるけどまぁ、いいや。飯にありつけそうだぞ。くくっ、くっ。おれは喜びの声が漏れてしまいながら、言った。
「カリカリ、ある?」
「そんなものはありません」
すごく嫌そうに人間の女が言った。
「キャットフードでも食べれるんだけど?」
「大体、ここはお客様にご飯を食べて頂くお店ではございません、基本的に」
「基本的に」
「ここはお客様を食材として扱うお店なのでございます、基本的に」
人間の女はそう言うと、でっかい包丁みたいなのを取り出した。
おれは後ろ向きに素早く歩きながら、言った。
「カリカリくれよ」
「あなたがカリッカリの揚げ物になりなさい。珍獣さん」
女の動きはびっくりするぐらい素早かった。びっくりしすぎておれは思わず口が開いてしまった。おれの狭い額めがけて刃物が降りて来る。
「待ってくれ!」
後ろから飼い主が追いついて来てくれた。女の動きが止まってくれた。
「飼い主!」
おれは胸に飛び込んだ。
「その珍獣を渡してください」
女が怖い目で言う。包丁をゆっくり振り上げる。
「調理しますので」
「やめろっ! イタチは皮が厚いし食べるところも少ないぞっ!」
「ひっでーこと言うな、飼い主……!」
おれのガラスのハートが傷ついた。
「こんな時に悪口言うなよ」
「人間は皆様食べ飽きられていたところなのです。その珍獣をお出しすれば、きっとお客様もお喜びです」
「に、人間を……食べるのか? 調理して? ここはそういう店なのか」
飼い主が傷ついたようになっている。
「人間は食べるものじゃないぞっ」
おれは言ってやった。
「甘噛みするものだ!」
昔、赤ちゃんの頃はおれも人間の手に血が出るほど噛みついて、叱られた。この女、躾がなってない。
「力ずくで奪わせていただきます」
女が包丁を振り上げて襲って来た。
「飼い主のあなたごと食材にして差し上げましょう」
その時、飼い主に変化が起こった。
おれをパジャマの中にかくまったまま、金色に光り出した。
女の足が止まる。
「あなた……、何よ」
女の目が怖い。
「何者なの?」
見ると飼い主がカッコいい金色の鎧に身を包んでいた。ちょうどテレビで見たカンガルーとかいうのみたいにお腹にポケットがある。おれはそこに入っていた。
「いいぞー、飼い主!」
おれは、はしゃいだ。
「あの女、やっつけろ! それでたぶん『全校ポイント』とかいうのも貯まるよ!」