シミズリヒト
ムニャ……。
……フガッ!?
目を覚ますと、あったかくてサラッサラで、もふもふしてた。
おれと一緒にハンモックに入って、黒猫が眠っていたのだ。
あ。この匂い。すごく小さくなってるけど、ヘルリアーナだ。
おれよりは大きいけどあの巨大黒猫の時に比べたら、赤ちゃんみたいだ。
これならかわいい。好きだ。
ほっぺたをペロペロしてやった。
「……ムニャ?」
しまった。起こしたか。
「ハハ。起きたか?」
飼い主が、首から吊ったハンモックの中で仲良く目を覚ましたおれ達を、あったかい目で見下ろす。
その後ろでモッチーナがなんか包丁を振り上げてたような気がするが、まあ、いい。何事もなかった。
「くあー!」
ヘルリアーナが大あくびと伸びをする。
「よく寝たにゃ。きもちよかった……」
これがあの凶暴な巨大黒猫とは思えない。
鼻の頭をペロペロしてやると、くすぐったそうな顔をした。かわいい。おれも大あくびをして、長い身体をンー!と伸ばした。
ヘルリアーナはハンモックから飛び出すと、一瞬にして小さな人間の女に変身した。すたんと軽やかに着地する。真っ黒なツインテールがファサッと跳ねた。
「今、どこだ?」
へるたんになって聞いた。
「どこまで歩いた?」
「私に聞かれましても」
飼い主が困った顔をして、モッチーナを振り返った。
「ここはどこなんでしょう?」
「知るもんですかッ!」
ははは。なんかモッチーナが怒ってる。
「あのう……」
犬が一番後ろに離れて立って、言った。
「私……。そろそろ、帰らせてもらっても?」
「バカ言うんじゃないよ」
モッチーナが叱りつける。
「あんたがいなかったら誰かが傷ついた時、誰が治すのさ!?」
へー。犬って、医者なんだ?
でもおれ、動物病院は嫌いだ。
優しいお姉さんがいれば好きだけどな。くくっ。
「うーん」
へるたんが、空を眺めて言った。
「この感じだと、もうかなり近いようだにゃ」
「近い?」
飼い主が聞く。
「というと……、共同エレベーターまでもうすぐ?」
「っていうか、番人がぼちぼち現れる頃にゃ!」
へるたんがそう言うなり、そいつは目の前に現れた。
「待てっ!」
いつの間にかおれたちの行く手を塞いでた。
飼い主のアパートの2つ隣に住んでた人間の家の2番目に大きい子ぐらいの大きさと形の……だめだ、おれ、描写へた。飼い主、頼む。
「15歳ぐらいの少年だ。グレーと紺のブレザーの制服に身を包み、自分の身体と同じぐらいの立派な大剣を手にしている」
飼い主はおれにそう言ってから、少年に声を投げた。
「君が番人とやらか?」
「そうだ!」
少年は声変わりしたばっかりみたいな若い声を空に響かせた(by 飼い主)。
「ここを通りたければ僕を倒して行け!」
「名前を聞いておこうか」
そう言いながら、いつの間にか金ピカ鎧になってた飼い主も背中の大剣を抜いた。かっこいい。
少年は名乗った。
「シミズリヒト」
へるたんが略した。
「略して『ズリ』だにゃ!?」
少年が文句を言った。
「そこを抜き出すな! 略すなら普通『リヒト』だろ!」
「その名前は他の作者様の作品でお見かけしたことがございます」
モッチーナが厳しく言った。
「かぶるのを防止するため『ズリ』でよろしいかと存じますが……」
「いやだ! そんなのかっこ悪い! 死ね!」
少年が大剣を振り回しながら突っ込んで来た。
ガキーン!
飼い主の大剣と合わさる。
その横からモッチーナが包丁で少年と飼い主に襲いかかる。
「うわ、びっくりした! 貴様ッ! 卑怯だぞッ!」
少年が飛び退いた。
「うわあ、びっくりした! な、なんで私まで!?」
飼い主も飛び退いた。鈍感なやつめ。
「クククククククッ!」
モッチーナが包丁を振り回す。
「わーっ!!」
少年の衣服がバリバリ剥がされて行く。
「ククククク喰らえーっ!」
モッチーナが本気出した。
「やめてーっ!」
少年があっという間にパンツ1枚になった。身体も傷だらけだ。
「たまらん」
傍で見ていた名前のわからない女が鼻血を噴いた。誰だ?
「たまらーんっ!」
「弱いじゃないか……」
飼い主が剣をしまった。
「さっさと通って行こう」
「キャキャキャキャキャキャキャキャ!!!」
モッチーナが止まらない。もう斬れるものないのに。
「やっ……、やめてくださあああいっ!」
少年の髪がバッサバッサと斬られた。ツルッパゲになった。
空からエンマーの声が降って来た。
『モッチーナ、悪行ポイント120』
「グダグダにゃ」
へるたんが言った。
「番人がこんなに弱いわけないにゃ。こいつはニセモノぜよ」
その時、ツルッパゲになった少年の身体が光に包まれた。
「なっ……、何!?」
モッチーナの手が止まる。
「ふふふふ。地獄の冒険者たちよ」
エコーつきで声が起こった。高くて透き通った、声優さんみたいないい声だった。
「シミズリヒトをよくもハゲにしてくれたな」
あもりに眩しいので、おれは不機嫌になった。不機嫌な目をして言ってやった。
「いい加減にしろ!」
そして急いで逃げた。
光がだんだんと人間の形になって行く。
そして姿を現したものは……!
飼い主が叫んだ。
「ブロンドヘアーに碧い目の、大剣を手にした美少女だ!!」




