たぬき転生
私の名前は小田抜ぽん。
見た目は小柄な人間のたぬき親父だが、生きていた頃は本物のたぬきであった。
飼い主と共に町外れの街道を歩いていた時、突然駆けて来た侍の駆る馬に踏まれて死んだのである。
今、私の隣で、私の着物を繕ってくれているこの女性の名前は小田抜りん。前世での私の飼い主であり、今の私の妻だ。
私はもう二百年以上もここにいる。鬼に見つからぬ穴倉の中に家を造り、妻と平和に暮らしている。
善行ぽいんとは一つも貯まりも減りもせぬ。
これで良いと思いながら、この地獄で生きている。
りんと一緒なら、私は他に何も要らないのである。
しかし、りんは違うようであった。
「なあ、お前さん」
縫い物をしながら、囲炉裏にあたる私に話しかけて来た。
「噂に聞いたんだけんど、金色の鎧に身を包める亡者が新しくやって来たんだってばさ」
「へえ」
私はにこやかに答えた。
「そんな力を持つ亡者なんて、転生してから初めて聞いたね。そいつはきっと特別な亡者だね。きっと強いんだろうね」
「きっとあっという間に善行ぽいんとば貯めるだよ」
りんは悪い笑いを浮かべて、言った。
「どげかね。その人の稼いだ善行ぽいんとを横取りするっちゅうのは」
「横取りなんて! それはいけないよ」
私は彼女をたしなめた。
「他人様のものを奪っちゃあ、いけない。それでは悪行ぽいんとが貯まってしまうよ」
「それでもいいだがんね」
りんがまた笑う。
「こうしてここで、ずっと増やしも減らしもせずにおるよりは、悪行ぽいんと、どさっと貯めて、店を持つのもアリだがね」
「そんな……!」
私はぷるぷる震え上がった。
「そんなこと……!」
「お前さんは恐がりだからね」
りんが笑う。
「そんな優しいところに惚れもしたんだけどもさ、でもそろそろあたいを幸せにしておくれよ」
「今は……幸せではないと、いうのかね?」
「幸せは幸せだけんどもね」
りんは遠い目をして、また笑った。
「あん時、あんたと出会った時、たぬき汁にして食わなくてよかったとは思ってんけどだばさ。だけんど、やっぱり、あたいは人間だから。どうしても平和で何もないのには飽きちまうんだ」
「うぅむ……」
私は考え込んだ。
他人のものを奪うのは悪いことだ。しかし、りんを幸せにしてやりたい。今で充分幸せだと私は思っていたが、どうやら彼女は違うようなのだ。衝撃であった。
彼女に、彼女が望むような、幸せを、与えてやりたい。
しかし私は極度の怖がりである。元々がたぬきであるからだ。
しかし私は勇気を振り絞って、彼女に言った。
「よし。それをいただくことにしよう」




