地獄の長官エンマー
『密室で勝手に死ぬな』(https://ncode.syosetu.com/n0253hk/)
という短編作品の続きみたいな作品になります。
おれ、うーたん。真っ白なイタチ。もうすぐ2歳。
飼い主のオッサンは享年42歳。
アパートの部屋でおれと2人暮らししてた。
なんか知らんけどある日、孤独死した。
おれ、肉食動物。飼い主は肉だけど、食べ物じゃないからおれは食わなかった。
で、おれも餓死して死んだ。
で、2人一緒に星空へ昇って行ったんだが、気がついたらへんなところにいた。
「おい、飼い主。目、覚めたか? ここはどこだ」
「うーたん! おまえ、イタチのくせに喋れるのか!?」
「あれ。なんか言葉通じるな? おまえ人間で、高貴なるおれ様フェレット様なのに」
「嬉しいよ、おまえと会話ができるなんて」
飼い主はでかい人間だ。おれが小さいフェレットなのかもしれないが。
おれは見上げる。飼い主なにも変わってない。いつものパジャマだ。ただ、頭の上に輪っかがあったのに、取れてる。
「うーたん。おまえ、頭の輪っか、取れてるぞ」
なんだ、おれもか。
「ところでここはどこだ」
「さっきおれが聞いたろ。答えろ、飼い主」
さっぱりわからない。おれにわかるわけがない。フェレットなのに。知らない場所だ。知らない場所はどこでもこわい。しっぽが爆裂してしまう。
「戦場のような景色だな……」
飼い主が言葉にしてくれた。
「瓦礫の山だ。まるで爆破された後のような一面の灰色だ」
飼い主は昔、『しょうせつか』とかいうものを目指していたらしい。
それがうまいものなのかどうかは知らん。
食べたことないからな。くくっ。
ここ、ガチャガチャいろんな石みたいなのが転がってて、歩きにくい。飼い主、パジャマに裸足で歩きにくそう。人間ってかわいそうだな。
おれ、飼い主と並んで歩いて行った。おれも肉球がやわらかいので歩きにくい。でも歩いた。
なんか散歩と違う。散歩は楽しい。潜れるところとか掘れるところとかいっぱいあった。ここ、そんなところがない。一面の……なんていうの?
「まさに殺風景だな」
飼い主がそれ言ってくれた。そう、それ。サップーケー。だからつまらない。
「あっ! 誰かいるぞ? うーたん」
それぐらいおれ、気づいてる。フェレットが察知能力で人間に負けるとでも思ってるか。
なんにもないところに掘り心地のよさそうな革の椅子が置いてあって、そこに陰気な感じのオッサンが、気怠そうに座ってた。
「2人とも、よくぞ参られた」
あっ。このオッサン、いいやつだ。おれを人に数えてくれた。服装はへんだけど。
飼い主がオッサンに聞く。
「ここはどこですか? あなたは誰ですか?」
「ここは地獄ですよ」
オッサンがいかにも暗そうなやつの表情で、嫌そうに言った。
「地獄ですって!?」
飼い主は驚いたけど、ジゴクってなんだ?
「なぜ私が地獄に……? 私は特にいいこともしていないけど、悪いこともしていない」
「ご心配なく。人は死んだら必ず地獄にやって来るのです」
オッサンの袖が長い。黒い。じゃれつきたくてたまらない。
「そうなんですか?」
飼い主が言った。おれは駆け出した。
「そうなのです。この地獄での行いによって、天国へ行けるかどうかが決まるのですよ」
オッサンは袖にぶら下がって遊ぶおれを優しく好きにさせてくれながら、言った。
「こらっ! うーたん! ……それで、行いが悪ければ、このままここで生きなければならないのですね?」
「そうです」
「失礼ですが……あなたは?」
「私の名前はエンマー」
オッサンはおれの頭を撫でながら、言った。
「地獄の長官を務めております。……ところでこの白いイタチ、可愛いですね」
「やめろー」
撫でられて気持ちよかったけど、おれはツンデレだから逃げた。
「私の相棒のうーたん。フェレットという動物です。動物も地獄に落ちるものなんですね……」
「人に飼われていた動物が、飼い主と一緒に死ぬと、そうなりますね」
エンマー様はおれを撫でてた腕を肘掛けの上に戻した。
おれは本当はもっと撫でてほしかったので、振り返ると近づいて行った。
「本当に可愛い」
オッサンのおれを見る目がとろんとしてる。
「何と言いました? フェ……フェルリオット?」
「フェレットです」
飼い主がおれを紹介してくれる。
「原種のヨーロッパケナガイタチを愛玩動物に改良したものなんです」
「改良……?」
おれを抱っこしながら、エンマーオッサンの目がちょっと怖くなった。
「つまり、人間が作った動物なのですか?」
「まあ、そんなものです」
飼い主がなんか申し訳なさそうな顔になる。
「まだ赤ん坊のうちに臭腺を除去し、性格を穏やかにするために去勢もします。そのせいで体に無理がかかっていて、重大な病気にかかりやすくなっています」
「ほう?」
「ただ、フェレットの雌は、野生だと、交尾が出来ないと自分の体内から発生する毒で死んでしまう動物なんですが、避妊手術をすることでそういう自家中毒からは逃れているとも言えますけどね」
難しい話だな。どーでもいいな。
「なぜ……あなたはこの動物を飼おうと思ったのですか?」
エンマーが飼い主に聞いたけど、決まってるだろ。可愛いからだ。
「アパートでの独り暮らしが寂しくて……大家さんが『ケージに入れて飼える動物ならいい』と言うので……。ほぼケージには入れず、放し飼いでしたけど」
エンマーの目がギラリと光った。でもすぐ消えた。
「まぁ、よろしいでしょう。それは愚行とも言えるが、善行と言えないこともないものだ」
オッサンはおれを下ろした。もうちょっと抱っこしててくれてもよかったのに。
「とにかく。あなた方には、この地獄を歩き回っていただきます」
「歩き回るだけなんですか?」
「それこそが地獄なのです。目的など何もなく、歩き回るだけ」
「それで……、天国に行くには?」
「この地獄には嫌なやつらがたくさんうろついています。それを何とかしてください」
「何とか……って?」
「すべてはそれ次第です。それによって善行ポイントを貯めることで、天国へ行くことが出来ます」
ところでお腹空いた。カリカリないのか?