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第八十六話 女の意地(3)

 一騎打ちから一時間。約束は履行され、帝国の要塞防衛部隊は残らず降伏した。もともと、末端の部隊は死守などするつもりはさらさら無かったのだ。一部の貴族が多少抵抗した以外は、武装解除は順調に進んでいった。

 そんな中、シュレーアたちは要塞指令室に集まっていた。武装解除や捕虜の移送などを指揮・監視するためだ。要塞中の情報が集まるこの場所は、そういった仕事をするにはぴったりの場所だろう。


「い、一生の不覚~!」


 地団太を踏みながらそんなことを叫ぶのは、コックピットから引きずり降ろされたミランジェだった。彼女は周囲を武装した皇国陸戦隊員に囲まれているものの、手錠や縄などで拘束はされていない。捕虜とはいえ、高位貴族相手には相応の扱いをしなければならないのである。

 拘束をしないということは逃走の危険があるということだが、身代金を払えば釈放されるのでわざわざ危険を冒して逃げようとするものはそう居ない。


「司令……大人しくしてくだされ。司令は将官なのですぞ? 戦争裁判にかけられなかっただけ有難いと思うべきです」


 老参謀がため息を吐いてから窘めた。戦争裁判という単語を聞いて、ミランジェの顔が青くなる。彼女の脳裏に浮かんだのは、地上の廃墟化した都市だ。確かに通常の戦争ならば捕虜の安全は保障されるが、帝国には都市への無差別砲撃という特大のやらかしがあるのだ。


「わ、わたしは終末爆撃には反対したのよっ! でも、総司令が……ディアローズ殿下が『皇帝陛下からの勅令である!』って強行して……。本国へ帰ったら証言してもいいわ」


「ほう、それは良いことを聞きました」


 シュレーアが真剣な顔で言う。どうやらこの虐殺は皇帝の肝いりらしい。


「そうすると……あなたたちはもしかしたら、とんでもない貧乏くじを引いたのかもしれませんね」


「貧乏くじ?」


 どういう意味なのかまったく理解していない表情でミランジェが聞き返す。だが、その隣の老参謀はその通りだと言わんばかりの表情で深く頷く。


「貴族とはいえ、民間人を大勢殺したとなればあまり外聞の良いものではありませぬ。いや、はっきり言えば貴族としてはあるまじき行為なのです、他国とはいえ無辜の民を虐殺するなど……」


「そ、そんなこと言ったって、主家がやれと言えば従うしかないじゃない! 歯向かえば反逆者として領地に攻め込まれるわ!」


「その通り……無理やり汚れ仕事を我々に押し付け、コトが終われば貴族の名誉を着つけたとして責め立てる! そうして自分だけ美味しい所を持っていくつもりなのでしょう、あの皇帝は」


 苦々しい口調で吐き捨てる老参謀。その眼には恨みがましい光が宿っていた。とても同情を引くための演技などには見えないその様子に、指令室の隅に居た輝星が眉をひそめた。もしかしたら。彼女らにはもともと何らかの確執があったのかもしれない。


「なかなかエグい手を使うんだな、そっちのトップはさ」


「それはもう、狡い悪事の手管だけで皇帝に上り詰めた女ですからな」


 答える老参謀の声は断定的だった。その声に弾かれるようにして、ミランジェが肩を震わせる。


「そ、そんな……あたしたちは捨て駒だったという事……?」


 この世の終わりのような表情で彼女は天を仰ぐ。その様子に同情したらしいサキが、優しげな表情で彼女の肩に手を置いた。


「ま、まあ気に……」


「わたし、半年後には結婚するのに!!」


「自慢かチクショウ!」


 結婚発言により、サキの同情心は一瞬で吹き飛んだ。問答無用でミランジェの頭にアイアンクローをかました。


「痛い痛い痛い! 捕虜虐待反対!」


「いいぞもっとやれ!」


「リア充を許すな!」


 周囲の兵士たちから応援の声が飛ぶ。なぜか、捕虜の帝国兵までこっそり声援に参加していた。リア充へのひがみは万国共通のようだ。


「はっはっは、やめてあげなさい牧島中尉」


 鷹揚な態度で制止するシュレーア。その目は輝星にチラチラと向けられていた。点数稼ぎしやがってと、サキの口がへの字に曲がる。


「ま、安心しなさい。我々皇国は悪逆非道の帝国とは違うので、問答無用で死刑になどしませんよ。身代金をキチンと払うなら、五体満足で領地へ帰してあげますとも」


 そう語るシュレーアは満面の笑みを浮かべていた。よほど先ほどの勝利が嬉しいのだろう。"ミストルティン"から降りてきて以降、ずっとこの調子だった。


「それに、処刑するより身代金を貰った方がお得ですし……」


 ぼそりと呟いたその言葉を、ミランジェは聞き逃さなかった。命が助かって安堵すべきなのか、馬鹿にするなと怒るべきなのか。何とも言えない複雑な表情で首を左右に振り、手近な椅子へと腰を下ろした。そして皮肉げな笑みとともに肩をすくめた。


「まったく、やんなっちゃうわね。上には都合よく使われるし、戦場に男を連れてくるような女に負けちゃうし」


「なっ……!」


 流し目で輝星を一瞥するミランジェに、シュレーアが絶句した。


「まったく呆れちゃうわ。男の子を身を張って守るのが女の……騎士の役割でしょう? なのに戦場を連れまわして、戦わせて……わたしならとてもできないわね」


「冗談きついよ」


 怒りのあまりその狼めいた耳をピンと立て、身体をプルプル震わせているシュレーアの代わりに輝星が答えた。


「俺は戦場が好きなんだ。熱くなれるし、痛快なヒトといくらでも出会えるしさ。それに、俺から戦いを取ったら何が残るんだよ」


 最後の一言は、ほとんど聞こえないような小声だった。一瞬シュレーアが訝しげな表情で彼を一瞥したが、それについて聞く前に大声によって緊迫した空気が破られた。


「馬鹿な喧嘩をしている暇があったらこちらを手伝ってほしいであります!!」


 声の出所を見ると、両手に通信端末をいくつも抱えたソラナ参謀が血走った目でシュレーアを睨んでいた。


「捕虜の処理に戦利品の確認に部隊の再編成に! やることは山積みなのでありますよ! 殿下!」


「す、すいません!」


 一兵卒ならともかく、シュレーアは指揮官なのだ。戦いが終わったからと言って、ゆっくり休んでいる暇はない。ミランジェを数秒睨みつけてから、彼女は申し訳なさそうな顔をして輝星に頭を下げた。そして慌てた様子でソラナの元へ走っていく。


「ええと、まずは捕虜ですか。うわあ、まだこんなに待機してる部隊が……」


「とりあえずさっさと全部武装解除させるであります! 武器を持たせたままだと安心して基地の復旧作業に入れないでありますよ!」


 戦闘は終わったが、まだまだシュレーアの仕事は終わらないようだ。彼女は苦虫を噛み潰したような顔で部下に指示を出し始めた。



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