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第七十三話 四天会議(2)

 ノレド帝国カレンシア派遣艦隊、総旗艦"オーデルバンセン"の小会議室。帝国最高戦力ともあだ名されるエースパイロット、四天全員が集まったその部屋には、嫌な沈黙が流れ続けていた。


「……」


 長身の麗人、"天剣"ことテルシスは何かを思案している様子で視線を宙にさ迷わせている。さきほどまでほとんど恐慌状態だった"天眼"リレンは真っ青な顔のまま紙に何かを書いている。そしてこの沈黙をもたらした張本人、"天轟"のノラは見たこともないような不機嫌顔で周囲に怒気を振りまいていた。


「ちょ、ちょっといいかしら、ノラちゃん」


 その重苦しい雰囲気に耐えきれなくなったのは"天雷"の称号を持つ貴族、エレノールだった。彼女はそろりそろりとノラの前に歩み寄り、引きつった笑みを向ける。


「……なんデスか?」


 むっすりとした様子で返すノラ。彼女は四天の中では最年少であり、年齢は十四歳だ。おまけに童顔と来ているので、見た目はかなり幼い。そんな少女がすごんだところでむしろ可愛いくらいだが、しかし彼女が発散している威圧感は年不相応な猛獣めいたものだ。


「体は大丈夫なのかしら? ケガとかしてない?」


 ケガがない事は事前の報告で聞いていたが、わざと知らないフリをしてエレノールは聞いた。他に会話の取っ掛かりを見つけられなかったからだ。


「は? ケガ?」


 ノラは口をへの字にした。


「ねーデスよそんなモン。五体満足デース! いえーい!」


 ヤケクソ気味にバタバタし始めるノラに、思わずエレノールは引いた。しかしそんな彼女を気にせずノラは続ける。


「思い返せばずっとコックピットは避けて攻撃しやがってましたねあの男! 手加減してもワタシごときカンタンに勝てると! ハハハハハハッ!! おもしれーデスね!!」


 先ほどまで黙っていたぶんを取り返すかのように叫ぶノラだったが、聞き捨てならない単語を耳にしたエレノールは慌てて彼女の肩を掴む。


「男!? (くだん)の傭兵は、男なんですの!?」


「男デスよ男! 声はちょっとわかりにくかったデスが、言葉遣いから見てそうでしょう。まさかおかま(・・・)じゃああるまいし」


「男の分際で傭兵など……なんとはしたない男ですの……」


「"凶星"が男だなんて有名な話。知らないとか馬鹿?」


 なおも紙にペンを走らせ続けるリレンから、ひどく冷たい言葉が飛んできた。エレノールは薄く笑って肩をすくめる。


「何度も申しますが……下賤の傭兵の噂などわたくしの耳に入れる価値もありませんわ」


 その余裕の態度に、仕方のないやつだと言わんばかりの態度でリレンはため息を吐く。


「そして安心いたしなさい、お二人とも。"凶星"とやらは、このエレノール・アル・ファフリータがこの手で仕留めて差し上げますわ」


 自信ありげな表情で、エレノールは白手袋に包まれた手をぐっと握った。渾身のどや顔に、またもリレンから冷たい視線が跳ぶ。


「男の分際で女の聖域を汚す痴れ者には罰が必要ですわ。とっ捕まえて我が家で再教育して差し上げます。立派な紳士に仕立て上げてやりますとも、ふふふ」


「は? ヤツに勝つのはワタシなんデスが?」


 エレノールの言葉に、即座にノラが噛みついた。椅子を蹴るようにして立ち上がり、彼女に詰め寄る。


「汚名は自分の手で雪ぐ! それが私の流儀デス!」


「ふっ。敗北者は引っ込んでなさい。次は怪我をしても知りませんわよ」


「はああああ!? 負けてないが!? ちょっと不利だったから撤退しただけだが!?」


「おーっほっほっほ、負け犬が遠吠えしてますわよ」


 今にもつかみ合いの喧嘩でも始めそうな二人の間に、音もなくテルシスが割って入った。完全に気配を消した上での不意打ちに、二人は驚いて身を引く。


「そこまでだ。味方同士でいがみ合ったところで、何の益もない」


「ちっ……」


 冷や水を浴びせかけるような声音のテルシスに、ノラは舌打ちしてから目をそらす。


「それよりもだ。ノラ卿、申し訳ないが"凶星"との戦いがどのようなものだったのか……よければ教えてくれないか?」


「そうそう、それそれ! わたくしもそれをお聞きするつもりだったんですのよ!!」

 

 テルシスの後ろでぴょんぴょん飛ぶエレノール。そのたびに豊満な胸がダイナミックに揺れた。


「あまり話したくはないだろうが……頼む」


 そんなエレノールを無視しながら、テルシスは深々と頭を下げた。思わず口を尖らせたノラだったが、すぐに大きなため息を吐く。


「はあ……まあいいデスよ」


「すまない」


 テルシスはにっこりと笑ってノラの右隣の席に腰掛けた。すまし顔でエレノールもノラの対面へ座る。ノラは無言で立ち上がり、エレノールから離れた席へ移った。


「そうは言っても、長時間戦い続けたワケではないので……あまり話すようなことはないデス」


 絶壁に近い胸の前で腕を組みつつ、ノラが言う。テルシスが無言で頷いた。


「エースといえば判断が早いとか、あるいは銃や剣の達人とか……そういうパターンが多いデス。でもヤツは……"凶星"は、そういうタイプではありませんでした」


「ほう、ではどういう?」


「簡単デスよ。こちらの攻撃は当たらず、むこうの攻撃は当たる。それだけデス」


「ん?」


 テルシスは首を傾げた。意味がよくわからなかったからだ。


「回避がうまくて、攻撃の精度が高い……そういうことか?」


「違います。そんなヤワなもんじゃあないんデスよ。こっちがどんな攻撃をしてもぜんぜん届かない! そして向こうの攻撃は問答無用で当たる! 魔法かなにかを使ってると言われても、ワタシは驚かないデスよ」


「それが"凶星"。その姿を目にしたものは、何人(なんびと)であれ問答無用で墜ちる。抵抗は無意味」


 ノラの言葉に続くように、リレンが言った。先ほどまで何事かを書いていた紙を封筒へ収納し、懐へ入れてからさらに口を開いた。


「強いとか弱いとか、そういう段階ではない。アレ(・・)は戦場の神様。立ち向かう方が愚かというもの」


「まったく! なんですの、貴女たち。そんな参考にもならないことを言われても、困ってしまいますわ!」


「同感だ。すまないが、その話だけでは倒すための作戦が見えてこない」


 珍しく意見が合う二人だったが、ノラとリレンは同時にため息を吐いた。あまりもそのタイミングが合っていたものだから、二人は思わず見つめあう。


「もしかして、リレンさんも……?」


 口ぶりからして、リレンも"凶星"と戦ったことがあるのではないだろうかとノラは考えた。だが、リレンは何とも言えない表情で首を左右に振る。


「……ノーコメント」


「とにかくだ! もっと詳しい話を聞かせてくれ。話はそれからだ」


 二人の会話を遮るようにテルシスが言う。その口調は強く、そして妙に機嫌がよさそうだった。いぶかしそうにノラが彼女の顔をうかがうと、いかにもワクワクが抑えきれないという表情をしている。


「バトルジャンキーめ……」


「そうだが?」


 開き直るテルシスにあきれ顔を浮かべるノラだった、突如会議室の扉が開かれる。四人の視線がドアに集中した。そこに居たのは、カレンシア派遣艦隊の総司令……そう、ディアローズだ。


「待たせたな、諸君」


 にやりと笑って、ディアローズは言う。


「では、作戦会議を始めようではないか」

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