第二十一話 恒星間戦争の戦い方
"レイディアント"から発艦して二時間。輝星とサキはいくつかの星系を渡り、目標ポイントに近づきつつあった。他の戦域では帝国軍との散発的な戦闘が始まっているらしいが、今のところ二人は敵らしい敵には遭遇していない。平和なものだった。
「おほーすげえジェット」
そんな暇な航行中にできることと言えば、せいぜい天体観察くらいだ。輝星は通りすがりの星系の中心にある白色矮星の上下から噴き出す青白いジェットを見ながら、間抜けな声を上げていた。
「間違っても近づくんじゃねーぞ。吹っ飛ばされるだけじゃすまねえからな」
「いくら俺でも作戦中に遊んだりしないよ」
「ほんとかぁ?」
「ホントホント」
などと談笑する余裕すらあった。しかし突然、機内に警告音が響き渡った。反射的に計器に目を向ける。
「タキオン探信儀に反応? 量子ソナーは……高質量体のFTLアウト反応あり、敵か!」
同じものを見たらしいサキが叫んだ。光速を超える手段が確立された現代においては、数光年以上離れた別星系の敵を瞬時に察知する索敵装置も存在している。当然、超光速攻撃機として設計されたストライカーにはそれらが標準装備されているのだ。
「この大きさなら戦艦クラスだな。それも四隻……補助艦艇も随伴してる。相手の主力の一部だな」
「でもよ、敵の戦艦の総数から考えればまだ一部だ。本命は他に居るんじゃねえのか?」
敵には十四隻も戦艦がいるのだ。四隻程度ならば、遊撃隊という可能性もある。輝星たちが探しているのは敵の本隊なのだから、単なる別動隊ならばはずれを引いたということになる。
「いや……相手は大軍で、作戦目標は一つだけ。部隊を分けてむざむざ各個撃破されに来るような真似はしないはず」
「確かにな。ってことは、連中は露払いか? すぐ後ろに本隊がいる可能性が高いと」
星図を呼び出して確認するサキ。この辺りは星系が密集している。敵艦隊の居る星系に星間航路で接続された星系は、どれもFTL航行を使えば数十分程度で到達できる程度の距離だった。
「多分な。曖昧な情報を送る訳にもいかん訳だし、ピンガーを打って確認しよう」
「ちょいと危険だが、やるしかないか」
アクティブ・センサーを全開にして索敵範囲を広げようというのが、輝星の提案だった。もちろん、デメリットもある。敵からもこちらの位置が丸わかりになってしまうのだ。そうなれば、即座に迎撃機が飛んでくるだろう。
とはいえ、安全のためにみすみす敵の本隊の現在地という重要情報を見逃すわけにはいかない。輝星は躊躇なくアクティブ・センサーを作動させた。計器に表示される索敵範囲がぐっと広がる。予想通り、敵の小艦隊の後ろには大量の艦船の反応があった。これが本隊で間違いなさそうだ。
「やっぱりな。報告報告」
そう言って輝星はコンソールの液晶パネルを操作し、"レイディアント"に暗号通信で一報をいれた。母艦からは遠く離れているため音声通信は使用できない。既にこの星系は敵の電子妨害の影響下にあるのだ。
「さて、どうする? すぐに迎撃機が来るぞ」
「そりゃあ挨拶もなしに帰投なんて無作法な真似はできないわけよ、傭兵として」
輝星はにやりと笑うと、背部のハードポイントに装備されていた対艦ガンランチャーを左手に持たせた。予備弾薬も持ってきている。十分に対艦戦はこなせる装備だ。
「マジかよ。この間二隻の戦艦に突っ込んだと思ったら、今度は四隻か?」
「こっちの戦力も倍だよ。相手が倍になったところでトントンだ」
「正気じゃねえな……ちっ、しょうがねえ」
さしものサキも動揺した声をだしたが、男が行くというのに女である自分が退くのは彼女のプライドが許さなかった。頭を振り、無理に笑顔を浮かべる。
「"ダインスレイフ"にゃ対艦兵装なんざ載せてねえ。援護に回らせてもらうぞ」
「ああ、後ろは任せた」
二人はそう言いあうと、敵艦隊に向けてFTL航行に入った。当然、この動向は高性能な索敵装置を備えた帝国艦隊も把握している。迎撃を開始すべく、直掩機が次々と戦艦や巡洋艦の発艦デッキから射出されていく。出撃した帝国ストライカー隊は、すぐさま迎撃陣形を整えていった。その一糸乱れぬ隊列からは、高い練度が伺える。
そしてとうとう、輝星たちがこの星系へたどり着いた。蒼いエフェクトとともに二機のストライカーが出現し、その背後に背負っていた金輪が消えうせる。
「うげえ、思ってたよりだいぶ多いぞコレ。マジでやんのか北斗お前!」
「多いぞじゃねえよ今さらイモ引けるか突っ込むぞオラァ!」
「ああクソ、そうだよなあ! 一発花火を上げてさっさと帰るぞ!」
幸いというべきか残念というべきか、敵艦隊の位置と輝星たちがFTLアウト……通常航行に戻った位置は極めて近かった。宇宙での距離感を考えれば、至近距離と言っていい。一息つく暇もなく交戦距離に達した。
「来た!」
無数の真紅のビームが輝星たちに殺到する。艦隊からの対空砲火だ。二機ともライドブースターを捨て回避行動に入るが、攻撃は執拗だ。一撃でもかすればストライカーなど爆発四散してしまう威力のビームの乱舞が二人の肝を冷やす。
「乱戦の方がやりやすい。相手のストライカーを傘にして艦隊に近づくぞ」
「それしかねえよなあ! このままつるべ打ちされ続けたら敵に食いつく前に墜ちちまう」
そう言うサキの額には、冷や汗が浮かんでいた。





