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第二百四話 自撮り

 翌朝。輝星は自室のベッドの中で、自己嫌悪に苛まれていた。酒の勢いに任せ、テルシスに妙なことを言ってしまったせいだ。記憶が飛ぶほどの酒量を摂取しているのならばまだよかったのだが、残念ながらバッチリと記憶は残っている。


「お、俺はなんてことを……」


 頭を抱えて呻く輝星。昨夜、彼はテルシスによって百枚以上の卑猥な写真を撮られていた。本人も割とノリノリだったのだが、素面の頭で考えてみるととんでもないことをしてしまったという気持ちしか湧いてこない。恥ずかしいにもほどがある。


「うおお……」


 羞恥と絶望の海に沈む輝星だったが、いつまでもベッドでゴロゴロしているわけにもいかない。呻きながら身を起こし、携帯端末で時間を確認する。そこで、彼はふとチャットアプリんい大量の通知が来ていることを発見した。小首をかしげながらアプリを開いた輝星だったが、即座に顔を強張らせる。


「ぐえ……」


 送信者は、テルシスだった。通知はすべてチャットではなく画像だ。それも、卑猥な写真である。ほとんど全裸のテルシスが、運動を終えた直後(・・・・・・・・)のような疲労と満足の入り混じった表情で様々なポーズを取っている。当然、見えてはいけない部分も完全に露わになっていた。その表情は、恥ずかしそうでありながらもどこか誇らしげなものだ。


「なにこれ……なにこれ!?」


 血相を変えて、輝星はベッドから降りた。この写真は所謂エロ自撮りというヤツだろう。こんなものを送られただけでも平常心ではいられないが、その上相手は大貴族の当主様である。その卑猥な写真ともなれば、爆弾以外の何物でもない。

 どういうつもりでこんなものを送ってきたのか問い詰めるべく、輝星は即座に部屋から飛び出した。服装は寝間着代わりのジャージのままだが、着替えている時間すら惜しい。目指すはテルシスの自室である。


「おや、我が主ではありませんか。おはようございます」


 廊下を全力疾走する輝星の前に、当のテルシスが現れる。妙に晴れやかな表情だ。輝星は「おはよう」と返しつつも、問答無用で彼女の袖を引っ張って彼女を人気のない廊下の隅へと連れ込んだ。幸いにも、テルシスは抵抗するどころか上機嫌でそれに従っている。


「おや、おやおや。ふふ、流石我が主。拙者の望みを解っていらっしゃる」


 周囲に人がいないことを確認してから、テルシスはニヤリと笑った。そして、どうやって彼女を問い詰めようかと考えている輝星の頬に手を当て、しゃがみ込んで顔を近づける。キスをする気だ。


「わ、待って! まだ俺歯磨きもしてない!」


「拙者はしているので大丈夫です」


 輝星の制止も聞かず、テルシスは輝星の唇と額にそれぞれキスをした。昨日許可を出してしまった都合上、拒否はしにくい。輝星はため息をついて、彼女の額にもキスを返した。


「おお、やはり素晴らしい……感謝いたします、我が主」


 おはようのキスが出来て、テルシスはもうホクホク顔である。上機嫌な彼女に当てられて毒気が抜けかける輝星だったが、ここで追及の手を緩めるわけにはいかない。


「それはいいとして、コレ何ですこれぇ!」


 輝星が見せたのは、件のエロ自撮りだ。ちらりとそれを一瞥した後、恥ずかしそうに眼を逸らすテルシス。


「いや、恥ずかしい写真を撮らせてもらった以上、こちらも返さねば無作法ではありませぬか」


「エロ写真に作法なんかないと思うんですが!?」


「いや、しかし……我が主は昨夜、拙者の身体で興奮するとおっしゃっていましたし……」


「ンンーッ!!」


 確かに言った。事実、艶やかな赤毛と凛々しい表情の組み合わせは極めて美しいし、高身長かつ適度に筋肉質な彼女の身体も非常にそそるものがある。が、なんでその感想を本人にぶつけてしまったのかと、輝星は激しく後悔した。これではセクハラだ。いや、最初にセクハラをしてきたのは無効なのだが。


「昨夜は、その……あの写真のおかげで、十回は楽しめましたので……そのお礼にと」


「十回!?」


「……やりすぎでしょうか? も、申し訳ありませぬ」


「ンンンーッ!!」


 さすがにやりすぎだろうと輝星は思ったが、流石にハッキリと口に出すのは憚られた。今の彼に出来ることは、ものすごい顔で唸る事だけだ。彼女と出会った時は戦闘と騎士としての誉れ以外には興味がなさそうだったのに、人間変われば変わるものだ。


「ああ、それはさておき……拙者も主様にお伝えせねばならぬことがあるのです」


「……なんです、一体」


 朝っぱらから妙なトラブルに巻き込まれ、輝星の精神力はすでにずいぶんと削られていた。これ以上の厄介ごとは勘弁してくれという目で、テルシスを恨みがましく睨む。そんな彼の視線を真っすぐに受け止めた彼女は、何でもないような口調で言った。


「帝国軍の本隊が動き出したそうです」


「とうとう来たか!」


 やっとか、とでも言わんばかりの顔で輝星は叫ぶ。一瞬で精神疲労など吹き飛んでしまったようで、その表情には気力と戦意が満ち溢れていた。そんな彼を見て、テルシスも獰猛な笑みを浮かべる。


「これを迎撃すべく、皇国艦隊は本日現地時間正午に全艦出撃するそうです。いよいよ、決戦が始まりますな」

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