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第百六十七話 修羅場

(わらわ)が対応するから、ご主人様は早く服を着るのだ」


 下手をすれば流血沙汰になりそうな状況にもかかわらず、ディアローズは至極落ち着いていた。輝星をシュレーアの拘束からむりやり引っ張り出し、立たせてやる。その間にも、サキによる猛烈なノックは続いていた。


「貴様もさっさと起きるのだ! まったく、能天気な」


「うげっ」


 続いてディアローズはシュレーアを無造作に蹴った。爆睡していた彼女も、流石にこれには目を覚ます。目を回しながら呻くシュレーアを無視しつつ、ディアローズは浴衣をバスローブのように羽織ってからドアに向かう。


「うむ、おはようだ。朝からずいぶんと血圧が高そうだな、大丈夫か?」


 ドアをあけつつ、開口一番そんなことをのたまうディアローズ。サキは激怒した様子で、彼女を睨みつけた。


「おいおいおい、ふざけんじゃねーぞコラ。とんでもねーことをしでかしてくれたな、エエッ!」


「くくく、まあそう怒るな。とりあえず、部屋に入るがいい。(わらわ)は逃げも隠れもせぬよ」


「言われなくても入るわ!」


 ディアローズを押しのけつつ、サキは部屋に強引に入ってきた。なぜか、その後ろには愉快そうな表情をしたノラまで居る。彼女らは同室なので、サキについてきたのだろう。


「くっせえなオイ! 換気くらいしろ!」


「アッハイ」


 鞭のような口調で言い放つサキに、寝ぼけまなこのシュレーアが慌てて窓を開く。しかし、転落防止のため窓の開度は限定的だ。なんとか浴衣を着るのが間に合った輝星がヨタヨタと壁際に歩み寄り、換気扇のスイッチを入れる。


「お前は動かなくていい! こっちに来てろ!」


 しかし、サキは彼をとっ捕まえ、そのまま自分の横に座らせた。輝星としては非常に座りの悪い心境なのだが、彼女はむしろ心配した様子で彼の顔を覗き込む。


「大丈夫なのか? ひどいことはされなかったか……?」


「だ、大丈夫、うん」


 青い顔のまま頷く輝星だが、サキは彼の頭をぐりぐりと乱暴に名で、憎悪の籠った視線をシュレーアとディアローズに向ける。彼女としては輝星の方からシュレーアらに誘いをかけるなどとても考えられず、強引な手段で彼を手籠めにしたと考えていたのである。


「座れ」


「はい……」


 シュレーアも後ろめたい部分があるのか、おとなしくサキのすぐ前に正座した。ディアローズもニタニタと笑いつつ、それに続く。最後にノラが、輝星の肩をぽんと叩きつつ彼の隣に胡坐をかいて座った。これで彼は、サキとノラに挟まれた形になる。


「まーた他の女の臭いをつけて。後でしっかりワタシで上書きするデスよ」


「……っ」


 輝星の耳元で、ノラがボソリと呟いた。輝星は肩を震わせる。こんな状況だというのに、ノラはどうも上機嫌だった。そんな彼らの様子を気にせず、サキがシュレーアらに詰め寄る。


「言い訳は聞かん。聞かんが、どういうつもりでこんなことをしでかしたか言ってみろ」


 強い目つきで二人を睨みつけるサキ。シュレーアは身を縮めたが、ディアローズはそれをまっすぐに見返した。


「我らとご主人様の幸せな未来のためだ。別に、己の欲望に従って無鉄砲にご主人様を襲ったわけではない」


「幸せな未来だぁ!?」


 身勝手な言い分だとサキは激高しかかったが、それより早くディアローズがどこからともなく一枚の紙を取り出して見せた。眉をひそめつつその紙をみたサキだったが、さっと顔色が変わった。


「……これは」


 婚姻届だ。皇国様式のものである。ディアローズはニヤリと笑い、それをサキに差し出す。


(わらわ)もな、この男を独占しようなどという気はさらさらない。どうだ、貴様も一口乗らぬか」


「んえええっ!?」


 シュレーアが驚いて半立ちになったが、それよりもサキの受けた衝撃のほうが大きいようだった。彼女は額に汗を浮かべ、用紙とディアローズの顔を交互に見る。


「随分と威勢よく乗り込んできたがな、それは義憤の為か? それとも、独占欲か? どちらにせよ、我らは協力できる」


「い、いきなりだな、テメー。あたしを取り込んで、協力者にでもしようってハラか? そうはいかねーよ。あたしはこいつを守るって……」


 しどろもどろになりながら輝星の方を見て言うサキだったが、ディアローズの余裕の表情は崩れない。


「前々から思っておったのだがな、この男はムチャが過ぎる。戦場では突出・孤立当たり前、おまけにギリギリの戦場であればあるほど大喜びするタチの悪い享楽主義者と来ている。ご主人様には申し訳ないがな、(わらわ)はこれを止めてもらいたいのだ」


 矛先が自分に向いたことを感じて、輝星は驚いたようにディアローズを見た。その視線を受け止めつつ、彼女は続ける。


「家族が大勢できれば、この男とてそうそう気軽に危険な真似はしなくなるハズだ。皆で結婚し、ご主人様には傭兵を寿退社してもらう。それが(わらわ)の計画なのだ」


「え、いや、それは……」


 戦争は輝星にとってライフワークである。それを咎められ、彼は慌てた。


(わらわ)の首にはな、ご主人様が死ねば自動で起爆する爆薬付きの首輪がついておる。しかしもはや、こんなものがなくともご主人様が死ねばそのまま後追い自殺しそうなくらいには、(わらわ)はご主人様を愛しておる。だからこそ、傭兵などという危険な仕事は辞めてもらわねばならぬのだ」


「……あたしだってそりゃ、同感だがよ」


 もちろん、サキだって輝星には死んでほしくない。その気持ちを突かれ、サキは一気に怒りが消沈していくのを感じた。


「でもさ、俺ってば強いから……そうそう死なないよ。大丈夫大丈夫」


 一方、風向きが怪しくなった輝星は慌てて立ち上がり、そう弁明した。しかしディアローズは厳しい視線を彼に向ける。


「確かにご主人様は強い。戦略を戦術でひっくり返せるくらいにはな。しかし、それでも無敵ではない。一度は(わらわ)の策に敗れ、捕虜の身になったのがその証拠だ」


 あの時、ディアローズの目的が彼の身体ではなく命であったのなら、その時点で輝星は死んでしまっていたのだ。ディアローズは自分を天才的な指揮官だと自負しているが、しかしだからと言ってあの作戦は自分以外には絶対に思いつかないと過信できるほど甘い女でもなかった。第一、人質戦法などよくある話なのだ。


「う……」


そこを突かれれば、輝星も弱い。ゆっくりと腰を下ろし、うなだれる。


「その……私だって、輝星さんにとっては戦場に出ることはとても大切なことだというのは理解しています。戦いに出る貴方は、とても楽しそうですから」


 顔を上げたシュレーアが、毅然とした表情で言った。


「しかし、やはり私も貴方が危険に晒されるのは許容できません。ましてや、戦う場所が私たちの手の届かない場所だというのなら、なおさらです」


 シュレーアも皇族である。まさか自分も傭兵になって、輝星に同行するわけにもいかない。それに、どんな危機からも彼を守れるほど、シュレーアは強くはないのである。それはとても認めたくない事実だったが、しかし認めないわけにはいかなかった。だからこそ、身勝手で強行な手段に出たのである。


「……いや、確かにそうだ。ああ、くそ。我ながら、チンタラしすぎてたな。危うく、手遅れになっちまうところだった」


 深いため息をついて、サキは婚姻届けを手に取りつつ立ち上がった。そして部屋の隅にある座卓に向かい、文面を確認する。ヴルド人社会は重婚前提なので、『妻になる人』欄は複数ある。ギリリと歯ぎしりしてから、その上から二番目の欄に自分の名前をサインした。


「これでいいんだろ、これで。あたしだってこいつのことは好きだ。大好きだ。置いて行かれるわけにはいかねえ」


 そのまま立ち上がると、彼女は輝星にずいと婚姻届けを押し付けた。輝星は冷や汗をかきながら、それを受け取る。


「あたしは……お前と家族になりたい。お前は、あたしの家族になるのは嫌か?」


「……」


 輝星は、考え込んだ。十年後、二十年後……そして自分が年寄りになった後。そんな未来に、サキが隣にいる姿は想像できるだろうか? ……想像できた。彼女は直情的だが、そのぶん隣にいると爽やかな気分になれる女性だ。伴侶としては、申し分ないどころか身に余るくらいだ。しかし……


「……これにサインするってことは、傭兵を辞めるって事だろ? 俺が……」


「……ああ」


「……」


 少し考え、すっくと立ちあがった輝星は浴衣の着付けを直した。慌てて着たせいで、無茶苦茶な状態になっていたのである。そのまま、迷っている様子でシュレーアとサキ、そしてディアローズを見た。その横で、視線を合わされなかったノラがむすっとした表情になる。


「少し、考えさせてくれ」


 そう言って彼は、とぼとぼと部屋から出て行った。


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