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第百五十四話 覗き

 ノラに案内された先は、大浴場の外……つまりは露天風呂だった。大きな岩を組み合わせて作られた湯船が特徴的であり、遠くには西日に照らされた幽玄な渓谷が見える。なかなかに風情のある場所だ。


「こっちデス」


 が、情欲に目の濁った二人の女たちにはそんな景色を楽しんでいる余裕など微塵もない。ノラは躊躇なく仕切りがわりに植えられている竹藪に突っ込み、強引に奥へと入っていった。貸し切りで他の客が居ないからこそできる荒業だ。


「ほらこれ、問題はコレなんデスよ」


 広いとはいえ、あくまで旅館の施設の中だ。目当てのものは、すぐ見つかった。金属製の丈夫そうなフェンスに取り付けられた扉を指さし、ノラは口を尖らせる。


「ドアは当然施錠されてますし、フェンスにはご丁寧に有刺鉄線まで取り付けられてるデス。流石にこれを一人で突破するのはツライ」


 たしかに、フェンスの上部にはトゲまみれの鉄線が縦横無尽に張り巡らされていた。皇族も泊まる高級旅館だ。その身辺を守るため、この旅館にはかなりの重警備が敷かれている。このフェンスもその一環だろう。


「この扉の先に男湯が……?」


 やや懐疑的な口調で、シュレーアは聞く。必死の思いをしてフェンスを乗り越え、たどり着いた場所がスタッフの詰め所でした……などということになったら泣くに泣けない。


「男湯との位置関係を考えれば、ほぼ確実デスね。おそらく、この先には掃除などのメンテナンス用通路があるのではないかと」


「なるほど」


 腕組みをしつつ有刺鉄線を睨みつけるシュレーア。もはや覚悟は決まっている。後は吶喊(とっかん)するだけなのだが、確かにこのフェンスを乗り越えるのはなかなかの難事に思える。


「なんとか、こう、肩車して……ポーイと投げ込んでもらえれば、いけるんじゃないかと思うんデスよね。ホラ、ワタシって見ての通りのチビデスので」


 嫌味な口調のノラに、シュレーアはむっと彼女を睨みつけた。どうやら先ほどの話をまだ根に持っているようだ。


「それでは貴女だけしか覗けないではありませんか」


「まあ、そういうこともありますよ。詳細はあとでキッチリご説明するので、安心するデス」


「完全に嫌がらせじゃないですか!」


 身勝手なことを言うノラに、シュレーアは深いため息を吐いた。が、相手は子供だ。あまり本気になるのも恥ずかしい。心を落ち着け、何度か深呼吸する。


「……というか、その案では帰ってくる方法がありませんよ。にっちもさっちもいかなくなってスタッフを呼ぶことになったら、恥ずかしいだけじゃすまなくなると思いますがね」


「……確かに」


 輝星の裸を見ることに集中しすぎて完全にそのことを失念していたノラは、思わず額に手を当てた。普段ならこんな基本的なことを忘れることなどあり得ないのだろうが、エロいことを考えているときに知能が下がるのは地球人(テラン)もヴルド人も同じだ。


「しかし、どうしますかね。ここまで来て諦めるだなんて、おさまりがつかないデスよ」


「それは同感ですが……」


 そう言って二人して頭を悩ませていると、突然背後の竹藪からガサガサと音が聞こえてきた。表情を凍り付かせつつ、二人は振り向く。そこに居たのは、なんとヴァレンティナだった。


「なっ――ッ!?」


 絶句するシュレーアだったが、ヴァレンティナは彼女らを責めるでもなくフレンドリーな笑みを浮かべる。


「やあ、やはりキミたちも来ていたか。安心したまえ、わたしも共犯者さ」


「ええ、貴女も覗きですか……普段はあんなに澄ました顔をしているというのに、やはり本性はとんだドスケベ女ですね……」


「き、キミたちには言われたくないなあ! わたしだって女なんだ、性欲くらいある」


 憤慨した様子のヴァレンティナに、シュレーアはハハハと乾いた笑い声を出す。


「もしかして、牧島中尉たちにお酒をふるまっていたのは……」


「もちろん、彼女らを足止めするためだ。ずいぶんと話が盛り上がっているようだからね、しばらくはこちらで何をやっても気付かないだろう」


「随分と準備万端ですね……」


 呆れた様子でシュレーアはため息を吐いた。


「しかし、このフェンスを突破しないことにはどうしようもありませんよ。都合よく仕切り一つ隔ててすぐ男湯、という環境ではありませんから」


「そんな雑なセキュリティなら、即日仕切りに登って男湯に侵入する不埒ものが出るだろうからね……」


 そう言いながら、ヴァレンティナは有刺鉄線に目をやる。そして自信ありげな表情で扉に向かうと、その錠前に何かを差し込んだ。カチリという音とともに、ロックが解除される。


「えっ、何それ」


「カギだが」


 ニヤリと笑い、ヴァレンティナはスティック型の電子キーを見せびらかす。


「な、何でそんなものを持っているんです! まさか盗んで……」


「それこそまさかだ! 女将から借りたのさ」


「なんデスかこの旅館、セキュリティガバガバってレベルじゃないデスよ!」


 なぜ頼んだから男湯に入れるカギを貸してくれるというのか。シュレーアにしろノラにしろさっぱり理解できず、とんでもないものを見るような目でヴァレンティナを見た。


「殿下が……これはつまり、キミのことだが。殿下が男湯を覗きたがっているから、やり方を教えてくれと頼んだら貸してくれたのさ。『まあ、とうとう殿下にも春が!』と大喜びだったよ」


「人の名前使って何をやってるんですか貴女は!?」


 名誉棄損はなはだしい彼女の行為に、シュレーアは憤慨する。


「ははは……結局こうして覗きをしようとしているのだから、名誉棄損でもなんでもないだろう。ムッツリすけべなキミのことだ。きっとやるだろうと思って、気を回してあげたのさ」


「うっ……」


 それを言われると弱い。シュレーアはシュンとして一歩下がった。


「これも女将に聞いたのだが、キミの母上も結婚前にはここを使って婚約者の入浴を覗いたそうだよ。いや、血は争えないね」


「母上ェ!!」


 聞きたくもない情報を聞かされ、シュレーアが慟哭を上げた。尊敬する母親がそんなことをしていたなど、悲しいにもほどがある。


「ま、そんなことはどうでもいいさ。さっさとお目当てのモノを……」


 にやにやと笑いながら、ヴァレンティナが扉のドアノブへ手をかけた時だった。突然ガサガサと背後から音が聞こえてくる。慌てて三人が振り返ると、そこには軽蔑した表情を浮かべるサキとテルシスの姿があった。


「いったい、何してるんすかね? 三人とも」


「いや、これは……話せばわかる!」


「問答無用!」


 飛び掛かってきたテルシスによって、三人はたちどころに無力化されてしまった。

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