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第百十八話 供物(1)

地球人(テラン)は貧弱だからな、あまり強い痛みを与えてはショック死してしまうやもしれぬ……」


 棚にズラリと並べられた様々な鞭を眺めながら、ディアローズは思案した。彼女は事前の調査により、一般的な地球人(テラン)はヴルド人に比べて肉体的に弱いことを知っていた。考えもなしにいつもの電磁鞭で彼を叩くような真似は、流石にしようとは思っていなかった。


「あの男はもう(わらわ)のものなのだ。万一にでも失う訳にはいかぬ」


 ブツブツと呟きながら手に取った鞭は、長いビニール製のモノだった。派手な音は鳴るものの、殺傷力はほとんどないパフォーマンス向きの逸品である。ディアローズは何度か頷くと棚から離れ、輝星の方を見た。


「放せー! 放せー!」


 例の露出のの多い卑猥な服のままベッドで四肢を拘束された輝星が、大声で叫びながらもがいている。しかし手足の固定は厳重であり、抵抗したところでびくともしない。

 二人は今、"オーデルバンセン"の尋問室にいた。物々しい器具が並んだ室内は、異様な熱気に包まれている。


「くくく、待たせたな」


「待ってない! 待ってないんですけど! ちょっと! あなたこそ待って!」


 聞く耳持たず、ディアローズは懐から出した情報端末をタッチした。モーター音とともにベッドが持ち上がり、直立した。当然、拘束されたままの輝星はまるで磔にされたような状態になる。


「んんー、いい格好だなあ?」


 その姿を見たディアローズはくふくふと小さく笑い、舌なめずりをした。そしてわざと足音を立てて彼のもとに歩み寄り、冷や汗に濡れたその首筋を真っ赤な舌で舐める。


「ウワーッ! 変態!」


「くふ、くくくくく……! そうだ、(わらわ)は変態だ! だが、貴様が悪いのだぞ。(わらわ)をこんなにも昂らせているのは、貴様が煽情的過ぎるせいなのだからな」


「知らないよそんなのは! う、うわああああっ!」


 問答無用とばかりに、ディアローズは輝星の体のあちこちに舌を這わせた。腕、へそ、首筋、頬……まさしく変態の所業だった。体中を舐められる奇妙な感覚に、さしもの輝星も悲鳴を上げる。


「へ、変態! 気持ち悪い! ケダモノ!」


 普段のディアローズに向かって言えば首が飛びかねないような罵声だったが、むしろ彼女はうっとりとした様子でその罵詈雑言を受け止めた。その目は完全に陶酔しきっており、八重歯の覗く口元からは熱い吐息が漏れている。


「はあ、はあ……そうだ、もっとだ……!」


 情欲の炎を燃え上がらせながら輝星に迫るディアローズだったが、突然部屋に扉が開くおとが響き渡った。


「姉上、お呼びで……なっ!!」


 入ってきたのはヴァレンティナだった。不審そうな目で周囲を見回した彼女は、拘束された輝星と変態行為に(ふけ)る姉を目撃して身体が固まる。


「おっと! 忘れておった。そういえば呼んでいたな!」


 慌ててディアローズが再び端末を取り出し、何事か操作した。すると分厚いガラスの壁が部屋の真ん中に降りてきた。同時にヴァレンティナの入ってきた扉も勝手に閉まり、ロックがかかる。


「姉上! やはりそういうおつもりでしたか!! 恥を知りなさい、恥を!」


 状況を察したヴァレンティナが顔を真っ赤にしてディアローズをなじったが、もはや手遅れである。彼女と輝星たちは、すでにガラス壁で隔てられてしまっている。心配そうな目で輝星を見ながらガラスを叩くヴァレンティナだったが、無論分厚い防弾ガラスがそんなことで割れるはずもない。


「前に言っておったであろう? この男を喰らう時は、特等席で見せてやると。約束は果たしてやろうと思ってな」


 ヴァレンティナの非難を無視してディアローズは言った。確かにそんなことを言われた記憶のあるヴァレンティナは、目を細めてディアローズを睨みつける。


「ああ、安心せよ。コトが終わったら、触ったり舐めたりくらいはさせてやるとも。流石に本番(・・)まではさせてやらぬが」


 なんといっても、この男は(わらわ)だけのものだからな――そう続けて、ディアローズは輝星に向き直った。


「これで役者も揃った。では、ではでは……頂くとしようか」


 言うなり、ディアローズは輝星の唇に自分の唇を押し付けた。唾液を流し込むような情熱的な口づけた。ディアローズの舌に口内を蹂躙され、輝星は目を白黒させる。ヴァレンティナが激しくガラス壁を殴りつけ、ディアローズに罵声を飛ばした。


「どうだ、(わらわ)の初めてのキスの味は。甘美であろう?」


「味なんかわかるわけが……うっ!」


 ディアローズを睨みつけようとした輝星だったが、突然妙な感覚に襲われて言葉を詰まらせた。身体が妙に熱いのだ。さらに、手足を縛る拘束の痛みがなぜか快感に変わり始める。心臓を焼け焦がされるような気分を覚え、自然と輝星の息が荒くなり始める。


「こ、これは……」


「媚薬だ! 我々(ヴルド人)の唾液には、媚薬成分が含まれている! 気をしっかり持つんだ!」


 悔しげな表情でヴァレンティナが言う。そう、ヴルド人女性の唾液には、男性を問答無用で興奮させる成分が含まれているのである。性欲の薄いヴルド人男性を無理やりその気(・・・)にさせるための能力なのだが、この成分は当然のように地球人(テラン)にも有効だった。


「そんなこと言われたって……」


 困惑する輝星。媚薬のせいで思考までふわふわしはじめている。いったいどうしろと言うのか。


「くくく、いい顔だ。愛いヤツだなあ、貴様は……」


 そんな彼の頬を鞭でぺちぺちと叩き、ディアローズがほほ笑んだ。媚薬をくらっているわけでもないだろうに、その表情は輝星よりもよっぽど発情したものだった。

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